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2002年以降に免許を取得した医師は、医師になった時点で臨床現場にEGFR-TKIがあり、EGFR-TKIとともに歩んできた世代。がん治療の中でもプレシジョン・メディシンが進んでいる肺がん治療の現在と今後10年をどのように展望しているのか、これからの日本の肺がん治療を担う若手医師の1人、神戸市立医療センター中央市民病院呼吸器内科の藤本大智先生にお話を伺った。
複雑化するEGFR-TKI選択、実臨床での薬剤シークエンス
-上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)がすでに使えるようになってから臨床に入られたということですが、EGFR-TKIは、非小細胞肺がん治療にどのような変化をもたらしたとお考えですか
神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科
藤本大智先生
僕が医学部に入った時はEGFR-TKIが登場して間もない時期で、奏効例と非奏効例が明確に分かれるうえに、間質性肺炎のような致死的毒性も報告されていたため、周囲ではホームランバッターのような薬と言われていました。初期研修医時代にはすでにEGFR遺伝子変異陽性に投与する原則が確立されていました。
この薬剤は患者さん、医療者の2つの観点からみて大きなメリットをもたらしたと考えています。患者さんの観点では、従来薬よりもQOLを保持した生活を可能にしました。医療者の観点では、より良い治療選択肢が増え、プレシジョン・メディシンという考えが広がった結果、肺がん診療を志す呼吸器内科医が増え、多くの肺がん患者さんがメリットを受けられるようになった点があると思います。
-現在ではEGFR-TKIも一次治療では3剤あり、それらが無効になりT790M変異陽性が認められた場合は、オシメルチニブです。先頃3剤のうち第一世代のゲフィチニブと第二世代のジオトリフを直接比較したLux-Lung7(LL7)試験で、全生存期間(OS)で両薬剤に有意差はないものの、無増悪生存期間(PFS)ではジオトリフが延長するという結果も明らかになっています。現場で3剤をどのように使い分けていらっしゃいますか
LL7の結果からEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん内での変異型に応じて、どの薬剤を選択するかの議論はありますが、LL7の遺伝子変異型別の結果はあくまでサブ解析であり、この議論そのものが今の段階では類推に過ぎません。このため私自身が現在薬剤選択で第一に考慮するのは患者さんの希望です。
患者さんには、これまでのデータを基に紙に手書きで図を書いて説明します。ゲフィチニブを軸にエルロチニブならばこの程度、ジオトリフならばこれくらいと生存期間の延⻑が見込める可能性を示し、毒性ではゲフィチニブで代表的な肝障害、エルロチニブでは皮疹が増加するという意味でより大きな文字で皮疹、ジオトリフではエルロチニブと同じ文字の大きさで皮疹、より大きな文字で口腔粘膜炎、下痢、爪囲炎と書いて、その頻度が増えますと。
こうした選択肢を示したうえで「ご自身で決められない患者さんも多いので、ご家族で話し合って決められるのも1つの選択肢ですし、私に決めてほしいというのであれば、そのようにします」とお話します。概ね自身で決定される方が2割、こちらの意見を聞いたうえで自身が決定する方、医師に委ねる方が各4割です。
私自身は患者さんがより長期の生存を望むか否かが大きなポイントだと思っており、現在のデータからEGFR-TKIの一次治療で最も延命が期待できる可能性があるジオトリフを積極的に使用しています。
そこで問題になるのはジオトリフの毒性の強さですが、臨床試験と違い、実臨床では最初に最も長期延命が得られる可能性がある薬剤を選択し、毒性が許容できなかった場合は変更という考え方があってよいと思いますし、私もそのような対応をとっています。その方が薬剤選択時に患者さんの悩みが少なくなる印象があります。
また、自分の胸に手を当てて考えてみれば、毒性を忌避しているのは、実は患者さんよりも毒性発現時に煩雑な対応を求められる医師の方ではないかと考えることもあります。
実臨床における休薬・減量も念頭に入れた副作用マネジメント
-では先生の目から見て、ジオトリフの処方が望ましい患者像を教えてください
まずガイドラインに準じるならば、PS0~1の若年者が最も望ましいとは思いますが、PS2ぐらいの患者さんや高齢の患者さんで選択肢にならないとは考えていません。私自身はあくまで患者さんが長期延命を望むか否かを最重要視しているので、PS2や高齢の患者さんでも選択肢としてお示しします。
ただ、毒性がやや強く、自己管理がある程度必要な薬剤なので、年齢やPSよりも副作用を自覚して迅速に連絡できる認知力・理解力を重視しています。
また、当院では遠方の患者さんも少なくありません。その場合、副作用発現時の初動対応は、患者さんの居住地域近傍の医療機関になることも想定されますので、そこでの受け入れ体制や連携が可能かも考慮に入れています。
-オシメルチニブを除くEGFR-TKI内での薬剤変更は、副作用が理由ですか︖
基本的にはそうです。治療開始後に患者さん自身が特有の副作用をやはり避けたいと訴えた場合なども変更することがありますが、最初に使っていた薬の効果がフェイドアウトしてきたために、同じTKIの次のものに変更するということは考えません。
ただし、いろいろな治療を経て最終的にどうするかという段階では、最初に使用したゲフィチニブが長期間効いた症例では、ジオトリフを使ってみたくなります。実際、この処方を行った症例もあり、ゲフィチニブのPFSが長い症例では、その後のジオトリフ投与でも長めのPFSが得られるという感触を持っています。
-ジオトリフでは、毒性による減量を行っても有効性に大きな影響は与えないという報告があります。休薬・減量についてはどのように行っていますか
LL7で報告されたような休薬・減量基準に達しないケースでも、患者さんが副作用を許容できないと訴えれば休薬・減量に踏み切ります。
例えばグレード2の皮疹が出た際に2週間休薬後、皮疹の改善度合いとそれに対する患者さんの評価を尋ね、その後減量するか、休薬前の投与量で継続するかを決定します。
-ジオトリフの副作用管理で留意している点は
ジオトリフ導入は、1週間入院、多忙な方でも3日間入院で行うことを原則にしています。これは入院導入例に比べ、外来導入例では副作用が重度になってから訴える患者さんが明らかに多く、やはり患者さんへの教育指導の重要性を痛感しているからです。
当院では、薬剤の特徴や副作用などの説明用冊子を作成し、治療導入時はまず薬剤師が冊子を使用して説明し、そのうえで看護師が冊子を用いて毒性と対処法を説明します。さらに入院導入終了による退院時に、医師から以降の注意点を説明するという手順を踏んでいます。特に頻度の多い下痢の副作用に関しては、患者さんが平時より緩いと感じる便が1日4回以上、あるいは平時と便通の状況が異なると感じて迷った場合には止痢薬のロペラミドを服用するよう指導しています。
日常診療では1日何回下痢をしましたかという尋ね方では申告しない患者さんもいるので、1日何回トイレに行きましたかとお尋ねしています。ただ、下痢については過少申告よりもむしろ過剰申告の傾向があるという感触を持っています。
今後10年のNSCLC治療と次世代を担う若手医師へのメッセージ
-治療進歩の将来像はどうなると考えていますか
肺がん治療では、約20年前にプラチナダブレットの成績が明らかになり、2005年以降はEGFR遺伝子変異を軸にしたプレシジョン・メディシン、そして現在は免疫チェックポイント阻害薬と10年周期で変化しているように感じています。これから10年は免疫チェックポイント阻害薬が中心でしょうが、10年後に何が主流になっているかはもはや想像の範疇を超えています。
個人的には免疫療法の1つであるCAR-T細胞療法、がん細胞特異的に作用するドラッグ・デリバリー・システムなどの進展を興味深くウォッチしています。
-近年の肺がん治療の進歩は著しいものがありますが、まだ治癒を得るには至っていません。そのような中で普段どのような思いで日々の診療に向き合われていますか
過去にいくつか、患者さんとのやり取りで忘れられないものがあります。喫煙は肺がん治療の効果を減弱させるので、喫煙者の患者さんに禁煙を推奨しますが、ある時「じゃあ、禁煙したら治してくれるんですか」と言われ、返す言葉がありませんでした。
また、薬物治療後に緩和ケアに移行した患者さんから「1年寿命を延ばしてくれてありがとうございました」と言われました。肺がん治療の進歩で切除不能な患者さんの3年生存も稀ではなくなっている中で、1年しか延長が叶わなかった患者さんに感謝されたことがむしろショックでした。
いずれの事例でも改めて思ったのは、私たちは極論を言えば「負け」が見えています。そのような状況下で、少しでも患者さんに良かったと思ってもらえることを行うことが、この疾患にかかわる医師の責務だと考えています。
患者さんの価値観は多様です。医師の中には自身が最良と考える治療を患者さんが受諾しない場合、頭ごなしに患者さんを説教してしまうことがありますが、価値観と肺がんの治療原則にどのように折り合いをつけるかが、日常診療で重要ポイントだと心がけています。
私はまだ肺がん治療に携わってわずかですが、今後肺がん治療を志す私より若い医師には、実臨床で出会う患者さんの状態、価値観は臨床試験とは異なることもあるため、フレキシブルに考えていきましょうというメッセージを送りたいと思います。そして経験値の高い医療機関や医師には今は及ばなくても、目の前の患者さんのことは自分が誰よりも理解しているというところを突き詰めてほしいとも思っています。
2010年 京都大学医学部卒業
2012年 神戸市立医療センター中央市民病院呼吸器内科 後期専攻医
2015年 同 呼吸器内科 医員
2017年 同 呼吸器内科 副医長
2015 NPO法人西日本呼吸器内科医療推進機構 奨励賞
日本内科学会認定医
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本呼吸器学会呼吸器専門医
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