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日本におけるがん治療医育成の課題

読了時間:約 4分52秒  2022年10月20日 PM02:56
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提供:中外製薬株式会社
日本におけるがん治療医育成の課題//山本 信之 和歌山県立医科大学 内科学第三講座 教授、朴 成和 東京大学医科学研究所附属病院 腫瘍・総合内科 教授(※取材時のご所属は、国立がん研究センター中央病院 消化管内科長)

本邦ではがん患者数の増加が続く一方、一部の診療科や地域ではがん治療医不足が懸念される状況となっています。また、薬物療法や個別化医療などの急速な進歩により、医師に求められる知識は年々高度化しています。本対談ではこのような状況下におけるがん治療医育成の現状と課題、現場での実際の取組みなどについてお話しいただきました。

呼吸器・消化器領域におけるがん治療医の現状

山本:私のいる和歌山県では、がんに対する薬物療法は、肺がん、血液がんについては内科医が治療の中心を担っています。消化器がんについては、今も外科医が治療の中核を担っていますが、この数年で内科医の数が増加してきた印象です。これに対して、乳がん、頭頸部がん、骨軟部腫瘍の治療などは外科医中心に実施されています。

 現状の体制に大きな問題は感じていませんが、県内全体を見渡せば、まだがん医療過疎地域も存在しますので、ゆくゆくはそのような地域にがん全般に対する薬物療法の専門家であるメディカルオンコロジスト(腫瘍内科医)を配置できれば、患者さんの利便性をさらに向上できるのではないかと考えています。

:和歌山県では消化器がん治療に携わる内科医が増えてきているということに驚きました。いわゆる5大がんといえば、肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん、肝がんですが、消化器がんにはこのうち3つが含まれ、非常に多くの患者さんがいますので、私はがん薬物療法を専門とする消化器内科医の数は、全国的にみれば患者数に対して絶対的に不足している状況ではないかと感じています。

 また、当院(国立がん研究センター中央病院)に紹介されてくる消化器がん患者さんの8割以上は外科からの紹介であり、薬物療法の前治療歴がある方も非常に多くいます。このことから、消化器がん領域の薬物療法は外科医が中心を担っている状況にあると感じます。一方で、前治療の内容を確認すると、標準的とは言い難いレジメンで治療されていた方が少なからずみられますので、治療の質の面からもがん薬物療法を専門とする消化器内科医を増やしていく必要性を感じます。

山本:がん治療に対する当事者意識という点では、総じて外科医の方が圧倒的に強くお持ちですよね。手術で直にがんを取り扱うことも関係していると思いますが、強い責任感をもって治療されているのを感じます。

 そもそもがん治療にかかわる内科医自体が少ないですし、がんとかかわる場合でも、特に消化器領域の場合は、薬物療法というよりも、内視鏡治療等の方が多いのではないかとの印象があります。日本臨床腫瘍学会1の設立以降、腫瘍内科医の数は増えてきてはいるものの、依然として外科医が薬物療法も担当せざるをえない施設が多いのかもしれません。ただ、最近はわれわれ内科医と協力していこうという意識をもった外科医の方が増えてきたように感じます。ですから、外科医しかいない施設でも外部の腫瘍内科医が定期的にサポートすることで、最新の標準治療を実施していくことが十分可能な状況になってきているのではないでしょうか。

:消化器がん領域の内科医不足には、薬物療法の現状も関係しているかもしれません。例えば、内科志望でがん薬物療法に興味がある若手医師を考えたとき、恐らくその方々の目には、新薬が次々と開発され成果が出ている肺がん領域がとても魅力的に映るのではないでしょうか。一方で、消化器がんは肺がんと比べてドライバー遺伝子変異が少なく、免疫チェックポイント阻害薬も比較的に効果が低いのが現状ですから、興味をもってもらうのはなかなか難しいように思います。

 さらに、新専門医制度開始後、内科志望者数が減少した2ともいわれていますから、小さなパイの奪い合いが起こるなかで、薬物療法を専門とする消化器内科医を増やすためには今後ますます厳しい状況になっていくかもしれません。

個別化医療にかかわる人材育成の現状と課題

山本:今ドライバー遺伝子の話が出ましたが、昨今、個別化医療を支える人材の育成が話題に上ることも増えてきましたね。遺伝子パネル検査が2019年に保険適用となったこともきっかけの1つでしょう。ただ、肺がん領域ではそれ以前からドライバー遺伝子によって治療方針を決めるなど、実臨床と結びついた形で個別化医療が実践されていましたし、そのバイオマーカーについてもPD-L1を含めて6個程度にすぎませんので、遺伝子パネル検査が導入されたからといって、若手医師教育という点において特別新しい課題が生じたとは感じていません。

:そうですね。消化器がん領域の個別化医療においても、大腸がんのRAS、BRAF、胃がんのHER2のように、出口が見つかっているバイオマーカーに対して承認されている治療薬を使用するかぎり、若手医師が困る場面はそれほど多くないと思います。

 ただ、これは若手医師に限った問題ではないのですが、遺伝子パネル検査でみつかった変異に対してマッチする治験が少ないだけでなく、承認された治療薬がないために患者申出療養制度を利用してもらう段階で困ることがよくあります。医師個人で入手できる治験情報には限りがありますから、エキスパートパネルなどからの情報に頼らざるを得ないのが現状ですが、それも必ずしも情報が網羅されているわけではありません。ですから、現在の個別化医療の課題は、医学的知識ではなくもっと単純な情報提供体制の部分にあるのではないかと感じています。

山本:肺がんでも、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、NTRK、METの順に1つずつ治療が実用化されてきましたが、必要な知識量はそれほど増えていないのです。しかし実務面では、ドライバー遺伝子が1つ増えるたびに、その検査にかかわる部門の負担が増えていきますので、次々と新たな検査が登場してくるなかで、院内調整をどうしていくかという点は非常に苦労しているところです。

:これも実務的な問題になりますが、検査依頼に関する書類関係の手順を覚えるのも大変ですね。もし手順を間違えたら点数がつかず、数十万円が無駄になってしまうかと思うと非常に神経を使います。しかも、病院によって手順が異なるので、もし病院が変わったら一から覚えないといけないことも悩ましい問題です。この点は本当に簡易化してほしいところです。

山本:先程、朴先生からエキスパートパネルの話題がありましたが、私は今エキスパートパネルへの参加を希望する医師が非常に少ないことを心配しています。当院でも私を含めて3人しか参加していません。ですから、エキスパートパネルに対する若い先生方の興味をいかに高めていくべきかを考えていかなければならないと感じます。

:現在エキスパートパネルが担っている、遺伝子異常と薬をマッチングさせる役割は、近い将来AIやアルゴリズムによって自動化されていくのではないかと思いますが、それでも多くの専門家が必要になってくるということでしょうか?

山本:いいえ。遺伝子パネル検査結果の解釈ができる人材を多く増やしたいというわけではありません。遺伝子パネル検査を実施して、その結果を治験に結びつけていこうという動きを推進していくには、やはりエキスパートパネルで議論されているような内容に興味をもつ人を増やしていく必要があると思うのです。ただ、恐らくエキスパートパネルから戻ってくる結果が実際の治療に結びつくケースがあまりにも少ないせいで、現場の興味が高まってこないことに危機感を覚えるのです。

:なるほど。ドライバー遺伝子変異が少ない消化器がん領域は、特にその状況にあてはまるかもしれませんね。遺伝子パネル検査で変異がみつかって、なんとか治験に入ってもらったとしても、あまり効果がみられないことも多いです。このような経験を何度も重ねると、やはりドライバー遺伝子以外の変異にどれだけ臨床的意義があるのか疑問を感じざるを得ません。

 また、当院では希少がんや希少フラクションの医師主導治験を多く実施していますが、期待奏効率15%、閾値5%という試験も稀ではありません。それが魅力的なゲノム医療かといわれると、少し物足りなさを感じますね。

山本:その閾値ですとゲノムを調べないで殺細胞性抗がん薬を投与する第Ⅱ相試験と変わりませんね。

:そうです。ですから、もっと先の話にはなりますが、ゲノム検査に何かプラスアルファの受け皿が生まれてこないといけないと思います。

山本:おっしゃるとおりです。遺伝子パネル検査はまだ始まって2年程度ですので、何とか多くの方に参加してもらって状況が改善していってほしいと考えていますが、もしこの先5年ぐらい同じような状況が続くならば、最悪、遺伝子パネル検査自体を実施する人がいなくなってしまうのではないかと危惧しています。

:海外の状況も知りたいところです。恐らく米国の個別化医療は日本よりも少なくとも2〜3年は先行している状況だと思うのですが、実際にどれだけ進歩していて、どのような素晴らしい成績が得られているのかという情報はあまり目にしないように思います。裏を返せば注目を集めるほどの結果が出てきていないということを物語っているのではないでしょうか。日本もこのまま米国の後追いをしているような状況が続くと、未来は厳しいのではないかと感じます。

山本:やはりまずは多くの方々に個別化医療の成功体験をもってもらうことが大切なのでしょう。そのためには、まずファーストラインで遺伝子パネル検査を実施できるようになることが重要だと思います。ドライバー遺伝子と一緒に他の遺伝子も調べられるようになれば、パネル検査の実施をためらう理由はなくなると思いますし、後々、後方ラインでの薬剤検討に役立てば、それが成功体験になっていくでしょう。

:今はまだ個別化医療とゲノム医療がイコールになっているような状況ですが、将来的に、ゲノムの解析があくまで個別化医療の手段の1つになり、プロテオームやそれらの経時的変化も含めたより幅広い解析が個別化医療に含まれるようになれば、また状況は変わってくるのかもしれませんね。

若手医師育成の実際

1)興味の多様性を意識した教育の重要性

山本:ここから後半は、若手医師育成の実際についてお話ししていきたいと思います。

 私が所属する日本肺癌学会では、若手初学者向けのセミナー以外に、アドバンストなグローバル人材育成のためのオンライントレーニングセミナーの開催などにも取り組んでいます。

:日本臨床腫瘍学会も同様です。グローバル人材の育成などにも熱心に取り組んでいます。しかし、医師の役割分担という視点が不足しているように感じます。

 例えば、新しい薬の開発は、第Ⅰ相から第Ⅲ相までの試験を経て承認され、製造販売後臨床試験を経た後、実臨床で普及していくという流れになると思いますが、人によって、第Ⅰ相試験から開発に携わりたいという方もいれば、一般診療に軸足を置きながらもWJOG(西日本がん研究機構) やJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)といった多施設共同臨床試験グループに参加したいという方もいるでしょう。医療全体で考えるとどちらも非常に大事な役割であり、それぞれに別々の価値が存在します。

 もう1つ例をあげると、がんセンターには臓器ごとの専門家が揃っていますから、全がん種を診ることができるメディカルオンコロジストの需要は高くありません。一方で、医師が少ない地方に行けば広く診療できる医師の需要は非常に高くなるでしょう。

山本:そのような若手医師の興味の多様性は、大学の医局のなかで選別されるものなのかもしれないと感じました。専門性を高めたい、実務医療家になりたいといった多様な価値観を見極めて、その人にあった役割を提示していくことは、医局に課された役割の1つなのかもしれません。

2)医学教育における昨今の課題

山本:ところで、われわれ臓器専門医にとっての“若手医師育成”とは、やはりどちらかといえば専門家の育成がメインになってくると思いますが、その観点から学会の取り組みを考えたとき少し気になっていることがあります。それは教育方法がセミナーだけになってしまっていないかという点です。“若手は育てるものではなく、勝手に育ってくるもの”だと思ってはいるのですが、もし学会が本気で若手育成に取り組むつもりであれば、もっと細やかなサポートをしていく仕組みも必要なのではないかと思います。

:私も昨今の座学的教育の増加を懸念しています。ガイドラインやパスなどによるマニュアル化は医療の均てん化という意味では非常に良いツールではありますが、それらを暗記することが勉強だと思われてしまうと寂しいですね。また、医療安全が強く求められる時代になったことも関係していると思いますが、最近の若手医師からは“わからないことには手を出さない、勉強とはマニュアルを覚えるものだ”という姿勢を感じることがあり心配しています。

 数年前に免疫チェックポイント阻害薬が臨床の場に導入されたときのように、医学が進歩した際には足元は固まっておらず、自ら試行錯誤して固めていかなければなりません。座学で人から教わることだけで満足せず、自分で根拠を考えて手を動かしてみるという教育が、今の医学界には不足しているように感じます。

 論文の読み方についても同様です。論文に書かれた生存率や奏功率を覚えるだけではなくて、その論文から自分が何を考え、何を疑問に思い、どのようにその次を考えるのかまで意識して読んでほしいと思います。

山本:“若手医師”は、基本を教えないといけないレベルの若手と、基本は習得済みでありブレイクスルーしてほしい状況にある若手の2種類に分けられると思います。

 先程、学会の教育がセミナーだけになっていることが気になると言いましたが、それは、次の段階にレベルアップしてほしい若手医師に対しても、結局また基本を教えるだけになってしまっているのではないかと感じたからなのです。

 “このように育ってほしい”という指導医が思い描く成長像をもとにした指導では、その枠を超えて成長することは難しいのではないでしょうか。それよりも一定以上のレベルで基本を身につけた人に対しては、何か課題を投げて任せてしまって、指導医は離れたところから見守っていく、すなわちチャンスを与えて様子をみるという教育の仕組みが必要ではないかと感じます。

:大学は英語ではユニバーシティといいますが、その語源はuniversitasで宇宙(ユニバース)と同じです。学生や若手医師は宇宙のプラズマのようなもので、これからどんな物質になっていくかわからない存在といえます。宇宙を見渡すことで、自分の将来像についての多様な選択肢に気づけるでしょう。

 しかし、自由に飛び回っているだけでは宇宙空間に存在するプラズマは水素原子とヘリウム原子になるのが限界で、鉄や鉛など重い物質になろうとするならば太陽のような高温・高圧の環境が必要だそうです。つまり、プラズマである自分が鉄や鉛になりたければ、高温・高圧のところで苦しい思いをしても頑張らなければなりません。そして、大学は、学生や若手医師に対して、無限の可能性(宇宙)を見せてあげ、それぞれに抱いた夢をかなえるための場(太陽)である使命があると思います。

3)指導医としての心構え

山本:指導に際して何か具体的な心構えはおもちですか?

:山本先生も先程おっしゃいましたが、ちゃんとした場を与えてあげて、必要以上に自分を押し付けなければ、若手は勝手に育っていくものなのではないでしょうか。ですから私はよく“10年後はわからないかもしれないが、3年後の自分がどうなっていたいか教えてほしい”と尋ねるようにしています。そして、その夢にふさわしい学びの場を与えてあげるのが私の役割だと考えています。

山本:おっしゃる通りです。それと“この人にはどうせ無理だろう”と最初からスポイルせず、さまざまな仕事を与えて、本人の可能性を広げてあげることも必要でしょう。その仕事に取り組む過程をみて、次の方向性を考えてあげることも重要なのだと思います。

:また、仕事を任せる際には、例えば原稿執筆であればコピペで済ますのではなく、何か1つは自分の考えを入れてもらう、研究などでは、何かこちらも知らないようなことを見つけてきてもらう、といったように、自分でプラスアルファを作り出しながら仕事に取り組むことの重要性に気づかせてあげることも大切だと思います。

さいごに

山本:さいごは若手医師へのメッセージで対談を終えたいと思います。まず朴先生にお願いできますでしょうか?

:簡単ですが、まず3年後に自分がなりたい姿を思い描いてください。それに向かって頑張ってほしい。3年たって目標が変わってもかまいません。それも成長の証です。

山本:私からは、今の若手医師の方々はわれわれの世代より優秀だということをお伝えしておきたいですね。私が若い頃は肺がんの内科的治療医は希少な存在でしたので、あまり競争も経験せずに周囲の方からエキスパートとよばれるまでになりました。ただ、今や志望者が増え、競争率が高くなってきていますから、そのようななかで研鑽を積んでいるみなさんの方が優秀であるに違いありません。そのことを心に留めて仕事に取り組んでいっていただきたいと思います。(了)

撮影/石川卓
インタビュー実施日・場所/2021年4月24日・オンライン取材
山本 信之(やまもと のぶゆき)
和歌山県立医科大学 内科学第三講座 教授

1989年、和歌山県立医科大学卒業。’92年、国立がんセンター中央病院 内科レジデント。’97年、近畿大学医学部第四内科学助手。2002年、静岡県立静岡がんセンター 呼吸器内科部長。’13年、和歌山県立医科大学 内科学第三講座教授。’14年、和歌山県立医科大学 腫瘍センター長。’17年、和歌山県立医科大学 副医学部長。’20年、和歌山県立医科大学 臨床研究センター長。’21年、バイオメディカルサイエンスセンター長。’21年、副院長。
朴 成和(ぼく なりかず)
東京大学医科学研究所附属病院 腫瘍・総合内科 教授

1987年、東京大学医学部卒業。’92年、国立がん研究センター東病院 内視鏡部医員。2002年、静岡県立静岡がんセンター 消化器内科部長。’10年、聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座教授。’15年、国立がん研究センター中央病院 消化管内科長。’21年より現職。
参考文献
  1. 日本臨床腫瘍学会:1993年に研究会として発足。2004年より特定非営利活動法人日本臨床腫瘍学会として活動開始
  2. m3.com:「内科15.2%減、外科10.7%減」、専攻医の領域別割合.医療維新 レポート,2018年1月4日(2021年5月18日閲覧)