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座談会 がん関連血栓症(CAT)における治療の標準化を目指して

読了時間:約 17分30秒  2019年11月20日 PM01:00
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提供:バイエル薬品株式会社

座談会
がん関連血栓症(CAT)における治療の標準化を目指して

日時
2019年7月18日
場所
ステーションコンファレンス東京
司会
保田 知生 先生(がん研究会有明病院 医療安全管理部 部長)
ディスカッサント
(50音順)
  • 志賀 太郎 先生(がん研究会有明病院 腫瘍循環器・循環器内科部長)
  • 庄司 正昭 先生(国立がん研究センター中央病院 総合内科(循環器内科)医長)
  • 髙橋 寿由樹 先生(東京都済生会中央病院 循環器内科 部長)
  • 西畑 庸介 先生(聖路加国際病院 心血管センター)

がん患者の静脈血栓塞栓症(VTE)[がん関連血栓症(CAT)]は、がん専門病院で治療を完結することが難しく、近隣病院との連携が必要になることがある。また非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC)の登場によってVTEの治療が多様化したこともあり、治療の標準化の重要性が増している。今回、CAT診療の円滑化を目的に活動するINNOVATE Bayside に参加されている先生方にお集まりいただき、CATの診療について議論いただくとともに、取り組みについてご紹介いただいた。

当資材はVTE治療プロトコールを紹介するものであり、適応外の薬剤等の使用を推奨するものではありません。紹介された各薬剤の使用にあたっては、製品添付文書をご参照ください。

基調講演/保田 知生先生

がん患者のVTE発症リスク

保田 知生先生
保田 知生先生

担がん状態は血栓性素因の一つとされ血栓が形成されやすいため、がんに合併したVTE、いわゆるCATに、われわれはしばしば遭遇します。外来で化学療法を受けたがん患者の死因を調査した研究では、死因として最も多かったのは原病死で71%でしたが、次いで血栓塞栓症と感染症が多く、それぞれ9%を占めています(図11)2)3)。VTE発症率はがんの種類によって異なり、腹腔内や胸部のがん、脳のがんや原因不明のがんでは高いことが報告されています4)。死亡率の高いがん種ではVTEの発症率も高く、がんの悪性度とVTE発症頻度には相関があると考えられていますので5)、がんの種類に応じてVTEのリスクを考慮する必要があります。またVTE発症率が高い時期は、がんと診断されて最初の3か月間といわれていますので4)、がん治療の開始時期には特に注意が必要です。さらに、VTE発症後のがん患者では、抗凝固療法中にVTEの再発や出血を起こしやすいことも報告されており6)、VTE治療中にも慎重な管理が求められます。

ASCOのガイドラインには、CATの危険因子とバイオマーカーが記載されています(図27)。がん関連の危険因子には、原発部位や進行度、初回診断後の期間などがあり、治療関連の危険因子としては、化学療法や血管新生阻害薬、ホルモン療法、エリスロポエチン製剤などが挙げられています。患者側の危険因子には、高齢や人種、肥満、VTEの既往、バイオマーカーには血小板数の増加、白血球数の増加、ヘモグロビン低値があり、これらに該当する場合には注意が必要です。

CATに対する抗凝固療法

国内外のガイドラインに、CATの管理に関する記載がありますが、いずれにおいても初期治療として抗凝固療法を行うことになっており、無症候に偶然発見された末梢型DVTを除くと「治療しない」という選択肢はありません。むしろ増悪の危険性がある場合や確認された場合では、無症候であっても治療を開始することがあります。初期治療に使用する薬剤は、海外のガイドラインでは基本となっている低分子量ヘパリンがわが国では使用できないため、未分画ヘパリンを使用しますが、この場合活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を用いたモニタリングが必要となります。このような背景から、日本の「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン8)」には、初期治療に用いる抗凝固薬の一つとしてNOACが追記されています。近年ではがん患者でのVTEに対するNOACの有効性を示す報告もあります。CATにおける抗凝固療法の使用期間はガイドラインによって異なりますが、がん患者では、非がん患者より長くなるのが一般的です。わが国のガイドライン8)でも、危険因子が可逆的である場合は3か月間となっているものの、がんが治癒しない限り、より長期の投与を行うことが推奨されています。

CATの治療にあたっては、多くの背景を考慮する必要があります。例えば、がんの治療が優先されるので、薬効と薬物動態の観点で化学療法と抗凝固療法の相互作用を考える必要があります。がん患者は、血栓が形成されやすいと同時に出血もしやすい集団です。さらに血栓性素因の影響は静脈だけでなく動脈血栓にも配慮しなければなりませんし、そのうえで出血リスクを評価する必要があります。

ディスカッション
がん専門病院でのCAT治療の課題と近隣病院との連携の重要性

保田:さまざまながん種の患者さんを診療されているがん専門病院では、CAT患者に遭遇する機会が多いと思います。がん専門病院でのCAT治療における課題は何でしょうか。

志賀:近年、がん領域における血栓症の患者さんがかなり増えているように思います。そのような中、わが国のがん専門病院では循環器医が少なく、cardiac care unit(CCU)もないため、CAT患者の全ての治療を請け負うことができません。そのため、転院を考える必要があります。CAT患者の中でも、集中ケアが必要な、血行動態が破綻しかけている肺血栓塞栓症(PTE)などでは、早期に転院を考慮する必要があります。

庄司:当院でも、PTEがあり心筋障害の疑いがある場合には、転院を早めに進めています。

保田:早めにということですが、受け入れる側の病院としては、転院のタイミングや基準についてはどうお考えでしょうか。

西畑:血行動態が破綻してからの転院ですと、慌ただしく対応せざるを得なくなります。一歩手前の段階で来ていただけると、落ち着いてケアを提供できます。

保田:早めの転院は問題なく、むしろそのほうがよいのですね。転院や転院後の治療をスムーズに進める上で必要なことは何でしょうか。

髙橋:日頃から治療に関するフローチャート、転院や転入に関する基準を作り、地域連携体制を構築しておくことが大切だと思います。また、CATの治療の必要性についてがん専門病院のほうで予め患者さんに病状や転院の必要性について十分に説明し、同意をいただいておくことが必須です。病状安定後にがん専門病院に戻って治療を再開するためには、がん治療医と緊密に連携しながら治療方針を決定することも重要です。

講演
がん患者におけるVTE治療フローチャートの紹介

INNOVATE Baysideの概要/西畑 庸介先生

西畑 庸介先生
西畑 庸介先生

INNOVATEは、VTEや動脈血栓症に関するよい事例の共有や、治療パスの作成・運用を目的にバイエル薬品が中心となって立ち上げた、多施設の医療従事者から構成される国際的なネットワークです。地域ごとに、複数施設から医師を中心とした医療従事者が集まって活動しています。2016年から東京湾近郊の4施設で開始した活動がINNOVATE Bayside で、がん専門病院である国立がん研究センターとがん研有明病院、連携総合病院である東京都済生会中央病院と私の所属する聖路加国際病院から、医師11名が参加しています。

この活動は、がん患者のVTE診療を円滑化することを目標にしており、当初は施設共通のクリニカルパスを作成予定でしたが、より融通性のあるフローチャート形式に変更しました(図3)。フローチャートの作成にあたっては、循環器診療のリソースが限られたがん専門病院の実情を反映すること、非循環器医・スタッフでも運用可能であること、各施設内のみならず、施設間の連携にも配慮することに留意しました。

2017年から、INNOVATE Baysideのミーティングを年1回、計3回開催してきました。2017年に開催した1回目の会では、CATの現状と問題点のほか、各施設におけるVTE診療の現状や問題点を共有し、共通のクリニカルパス作成に向けた課題を出し合いました。2018年のミーティングでは、レクチャーでCATの知識を再度共有し、フローチャートなどの作成に向けた話し合いを行ったほか、看護師や臨床検査技師などのコメディカルの役割についても提示していただきました。2019年のミーティングでは、他の地域におけるCAT治療での連携についてご講演いただくことで知識を深め、各会の合間に話し合いを進めて作成したフローチャートをみなさんに提示し、実践する方法や起こりうる問題について議論しました。コメディカルの方々からも取り組み状況や課題を挙げていただき、これからフローチャートを実際に運用するという段階まできています。

図3 INNOVATE Baysideの概要
(西畑 庸介先生ご提供)

INNOVATE BaysideのVTE治療フローチャート

1)周術期のフローチャート/志賀 太郎先生
志賀 太郎先生
志賀 太郎先生

国内外のガイドラインをベースに、がんの手術を予定している周術期のフローチャート(図4-1)を作成しました。このフローチャートでは、まずDダイマーを測定し、各施設の基準値未満であれば、深部静脈血栓症(DVT)やPTEの可能性は低いので積極的な画像評価は不要とし、基準値以上であれば、下肢エコーまたは造影CTを行い中枢型か末梢型かを確認します。その後、それぞれについてVTE治療のフローチャートに移ります。

中枢型の周術期フローチャート(図4-2)では、がんの手術に緊急性がある場合、下大静脈(IVC)フィルターを挿入して、可能な限り抗凝固療法も実施してから手術を行います。手術に緊急性がない場合には、抗凝固療法を手術日まで1週間以上継続し、術直前に下肢エコーや造影CTで再評価します。その結果、増大傾向がなければそのまま手術を行い、増大傾向があれば術前にIVCフィルターの挿入も考慮に入れて対応を検討します。術後には、可能な時点からNOAC、エノキサパリンまたは未分画ヘパリンなどの抗凝固療法を再開します。出血リスクが安定して内服薬への移行が可能になれば退院直前にはNOACやビタミンK拮抗薬へ切り替えます。治療の継続期間については、がんが根治しており抗がん剤投与の予定もなく、血栓残存なしもしくは明らかに縮小していれば3か月後以降に中止を検討するとしました。このとき、Dダイマー低値が確認できればなお良いのではないかと考えます。一方、がんが残っていたり、抗がん剤を継続していたり、血栓が残っていたりする場合には、抗凝固療法の長期的な継続を推奨しています。

末梢型の周術期フローチャート(図4-3)では、がんの手術まで1週間以上ある場合は抗凝固療法を導入します。導入後、必要時に下肢エコーを行い、増大傾向がなければそのまま手術を行いますが、不安定性を帯びた血栓の中枢伸展がある場合は手術前にIVCフィルターを挿入することを検討します。手術まで数日しかなく抗凝固療法の導入が困難な場合には、術前にIVCフィルターを挿入することもありますが、比較的粗大な不安定性血栓ではない末梢型血栓である場合は、そのまま手術へ案内することも多くあります。術後は中枢型のフローチャートと同様です。

図4 がん患者のVTE治療における周術期フローチャート[INNOVATE Bayside]
(志賀 太郎先生ご提供)
2)非周術期のフローチャート/庄司 正昭先生
庄司 正昭先生
庄司 正昭先生

非周術期のがん患者がVTEを合併している場合のフローチャートを作成しました。周術期のフローチャートとは異なり、手術などのイベントを無事に乗り切るためというよりは、VTEへの対応そのものが目的となっていて、外来治療、入院治療、転院というVTE治療の場を決定できるような流れにしました。薬剤選択や治療期間、フォローアップなどの具体的な内容については、現状ではエビデンスがありませんので、各施設と担当医の判断に委ねて、治療の枠組みづくりに専念しました。なお、フローチャートの対象から急性のPTEは除外しています。

非周術期のフローチャート(図5)では、DVTが見つかった場合、末梢型であれば原則外来治療です。中枢型であれば造影CTでPTEの検索を行い、見つからなければ中枢型DVTに対する治療法の評価に移ります。遊離血栓があったり抗凝固薬が禁忌であったりする場合にはIVCフィルターの挿入を考慮し、これらがない場合には外来治療を考慮します。

PTEが発見された場合には、sPESIスコアでリスク評価を行います。sPESI=1点で外来治療を考慮しますが、sPESIスコアはがんの既往があると1点加算されるので、がん患者という時点で1点です。つまり、外来治療の対象となるのはがん以外のリスクがない場合のみです。sPESI≧2点であれば高リスクと判断し、入院治療の対象とします。この基準は、EINSTEIN PEのサブ解析9)で、sPESI≧2点ではVTEの再発や致死的PTEの発生が多かったことから設定しました。入院したら、心エコーやBNP、トロポニンで右心負荷や心筋障害の有無を判断し、これらがある場合は転院を考慮します。ない場合は入院を継続して、がん専門施設で行える一般的なモニターの装着や抗凝固療法、弾性ストッキングなどの治療を提供します。

フローチャートの運用にあたっては、院外だけでなく院内での連携も重要です。一般的にVTEを診療するのは循環器内科や血管外科ですが、がん患者のVTEは複数の診療科が関わる可能性が高いためです。VTEはまた、看護師、臨床検査技師など他職種の協力が必要な疾患であることからも、院内で丁寧に周知して、協力して診療にあたるのが望ましいでしょう。

図5 がん患者のVTE治療における非周術期のフローチャート[INNOVATE Bayside]
(庄司 正昭先生ご提供)
3)転院基準、転入基準とチェックリスト/髙橋 寿由樹先生
髙橋 寿由樹先生
髙橋 寿由樹先生

がん専門病院ではCATの治療を行っていますが、いくつかの制約があります。まず、がん専門病院であるが故に、循環器内科のサポートを常時得るのは難しい点が挙げられます。カテーテルインターベンションを利用した治療が行えない、高度な循環管理を24時間体制では実施できない、心臓血管外科がない、といった制約もあります。そのため、CATの治療においては、がん専門病院と総合病院との連携が不可欠です。

両者が円滑に連携するには、がん専門病院から総合病院に転院する際の基準が必要と考え、INNOVATE Bayside で策定しました(図6)。転院基準に挙げられた項目のうち、「呼吸・循環不全とショック状態」は、バイタルサインを含めた身体診察により臨床的に判定します。「右心負荷および心筋障害」は、心エコーで右心負荷所見を評価し、血液検査でBNPやトロポニンの上昇により心筋障害の有無を判定します。その他、「DVTの再飛散による増悪の可能性」「経皮的心肺補助(PCPS)装置が必要となる可能性」「動脈血栓症あるいはその他の血栓症併発の可能性」「その他凝固異常症(プロテインC欠損症やアンチトロンビン欠損症など)」を項目に入れました。

転院後、治療によって状態が落ち着いて、がん専門病院に戻る際の転入基準も作成しました。「呼吸・循環不全の改善とプレショック状態の離脱」「右心負荷と心筋障害が、抗凝固薬以外の治療が不要なレベルまで改善している」「DVTの再飛散による増悪の可能性が解除されている」「PCPSの治療が不要となり、がん専門病院での挿入基準を下回っている」「動脈血栓症あるいはその他の血栓症の急性期治療が終了し、安定している」「その他凝固異常症(プロテインC欠損症、アンチトロンビン欠損症など)で管理不能な状態がない」としました。

またCATの診療ガイドとして、IVCフィルターや、抗凝固療法の主流となりつつあるNOACなどに関するチェックリストも作成しました。IVCフィルターに関するチェックリストでは、がん拠点病院でIVCフィルター挿入の対象となる症例を選別できるようにしました。対象としたのは、DVTでは「血栓進展例」「抗凝固療法の不適応例と不十分例」「浮遊血栓残存」で、PTEでは「PTE治療中で、下肢にさらに遊離飛散する可能性のあるDVTがある場合」「抗凝固療法不適応例で、がん治療を優先する場合」「抗凝固療法不十分例で、がん治療を優先する場合」「重篤な右心負荷があり、転送が不可能な場合」です。その他、NOACの添付文書に準じて、禁忌とする患者の基準や、NOACによるVTE治療における用法・用量の基準、周術期におけるNOACの休薬方法の基準も策定しました。

図6 転院基準と転入基準(案)[INNOVATE Bayside]
(髙橋 寿由樹先生ご提供)

1)Khorana AA: Thromb Res 125(6):490-493, 2010
2)Khorana AA et al.:J Thromb Haemost 5(3):632-634, 2007
3)Khorana AA et al.:Cancer 104(12):2822-2829, 2005
4)Walker AJ et al.:Eur J Cancer 49(6):1404-1413, 2013
5)Timp JF et al.:Blood 122(10):1712-1723, 2013
6)Prandoni P et al.:Blood 100(10):3484-3488, 2002
7)Lyman GH et al.:J Clin Oncol 31(17):2189-2204, 2013
8)合同研究班参加学会(日本循環器学会など):肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版):2018(http://j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2017_ito_h.pdf)(2018年12月10日更新、2019年8月8日閲覧)
9)Fermann GJ et al.:Acad Emerg Med 22(3):299-307, 2015

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