長野県立こども病院 神経小児科の福山哲弘副部長にてんかん診療の実際を聞くシリーズの最終回。今回は、信州てんかん診療ネットワークなど医療連携などを通して描く、てんかん診療の未来像について話を聞いた。
外科手術の適応を判断する難しさ
――難治性てんかんの治療については。
福山 当院では、てんかん発作が非常に厳しかったり、なかなかコントロールできない症例を多く経験します。てんかんの薬物治療は進歩しましたが、諸刃の剣であることを忘れてはいけません。発作を実にうまくコントロールできる場合もあれば、副作用で患者さんをとても苦しめてしまう場合もあるのです。そのバランスを常に意識して薬物治療を行うようにと、静岡てんかん・神経医療センター時代に徹底的に教わりました。その点、新規抗てんかん薬は、従来の薬剤より薬物相互作用や副作用が少なく、忍容性が高いため、処方しやすいと思います。
薬物治療が奏効しない難治性てんかんの場合、残る治療選択肢は限られてきます。外科手術、迷走神経刺激療法(VNS)、ケトン食療法などが挙げられますが、その中でも外科手術は発作の消失・コントロールが期待でき、患者さんのQOLを劇的に変えることができる可能性のある治療法です。ただし、長野県内にはてんかんの外科手術を行える医療施設がなく、外科手術の適応が考えられる患者さんは、他県の専門医療施設に紹介することになります。現状では、静岡てんかん・神経医療センター、西新潟中央病院、国立精神・神経医療研究センター病院などに紹介させてもらっています。
実は長野県はてんかん専門医が全国でも少ない県で、てんかんの専門医療施設も県内にはありません。しかし、長野県にいたから外科手術を受ける機会をみすみす逃すということはてんかん診療に携わる医師にとって許されないことです。発作がなかなかコントロールできない患者さんの場合、専門医療施設に紹介し、治療方針の再検討や外科手術適応の適否を相談させてもらうことになります。
ところが、難治性てんかんのお子さんを持つご家族にとって、遠方の病院に通院するという選択は費用もかかりますし、相当な覚悟がいることです。ですから、私たちには難治性てんかんの手術適応を可能な限り地元で見極めていく必要があります。それには発作時ビデオ脳波の判読はもちろん、頭部MRIや脳血流SPECT等の画像検査、最新のてんかん外科事情に精通している必要があります。患者さんやご家族にとって貴重な機会となる専門病院受診を勧めるに当たって、適切な時期に適切な施設を紹介し、最も良い結果に導いていきたいと考えています。
また、たとえ専門施設に患者さんを紹介したとしても、どうしても発作が治まらない患者さんもおられます。これらの患者さんは難治性てんかんと長い人生を付き合っていくことになります。てんかん発作や薬の副作用をどこまで許容して、日々の生活をどうやって送っていくか、患者さんやご家族と一緒に悩み、苦しみを共有して歩んでいきたいと思っています。
信州てんかん診療ネットワークについて
――医療連携について。
福山 先ほどのトランジッションの問題でもお話ししたように、各診療科の垣根を越えた診療連携はてんかんの診療にとって必要です。2012年に全国のてんかん診療施設とてんかん診療医の名簿を記載したウェブサイト「てんかん診療ネットワーク」が開設されましたが、この動きに呼応して各地域のてんかん診療ネットワークが次々と活動を始めています。
長野県でも2014年7月に、「信州てんかん診療ネットワーク」(事務局:信州大学医学部小児医学教室・稲葉雄二氏)が立ち上げられました。長野県内でてんかん診療に携わる小児科、神経内科、精神科、脳外科の医師が参加しており(2015年1月現在48名)、活動は主にメーリングリストで県内のてんかん診療における多科診療連携体制構築のための情報共有を行っています。まだ活動は始まったばかりですが、メールでやり取りをしたり、研究会で顔を合わせるようになったおかげで、県内のどの先生がてんかん診療に造詣が深いのかがわかり、患者さんのトランジッションについてもやりやすい状況になってきました。
また、最近、Polycom社製の遠隔会議システムを使用して東北大学のてんかん症例検討会に信州大学から参加することができるようになりました。日本で最高レベルの症例検討会に参加することで、自分達の診療の妥当性を振り返る機会が持てます。私自身もまだまだてんかん診療の勉強が必要な立場ですから、信州てんかん診療ネットワークのメンバーと一緒にこの症例検討会で大いに勉強していきたいと考えています。
言葉に表せない子どもの心を想像する努力を
――今後の展望について。
福山 繰り返しになるかもしれませんが、てんかん診療では、適切な診断とそれを踏まえた治療方針がとても重要です。てんかんに似た発作症状を起こす病気はたくさんありますし、てんかんの発作型診断も簡単ではありません。正確な診断をするためには長時間ビデオ脳波検査は極めて有用な検査です。また、当院のような急性脳炎・脳症、頭部外傷、新生児仮死等の子どもの集中治療を行う施設では、持続脳波モニタリングが必須の検査になってきています。ですから将来的には一人でも多く、脳波を読める若手医師を育てていきたいと思っています。そのためにはビデオ脳波の有用性と面白さを伝えられるように自分自身の実力と教育力を上げなくていけません。当院内だけでなく、信州てんかん診療ネットワークの活動の中でもその役割を担っていけるように頑張っていきたいと思います。
――難治性の患者さんへの対応についてのお話が印象に残りました。
福山 乳幼児期からてんかんを発症して、発達が遅れて言葉も話せない子や、寝たきりでほとんど動くことができない重症心身障害児と言われる子どもがいます。いわゆる一般的な人生は送れませんし、介護する家族も本当に大変です。しかし、そのような子たちも、てんかん発作が少なくなったりすると笑顔が出たり、できることが増えることがあります。子どもたちが笑ってくれる、成長してくれるというただそれだけで、家族はもちろん私たち医療者もものすごく大きなパワーをもらえるのです。重い障害を抱えた子どもとどのように向き合うか、私にもまだ答えはありません。今はただ単純に、病気と共に生きる子どもたちとその家族の一人の仲間として、自分の仕事をしていきたいと考えています。
最近、自閉症の東田直樹さんが書いた『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』(エスコアール出版部)という本を折に触れて読んでいます。この本を読むと、言葉をうまく発せられず周囲から見ても何を考えているのかわからない子どもたちが、実際にはとてもいろんな思いを抱えていて、豊かな世界を持っていることが理解できます。子どもたちには皆そのような心の世界があるのだと考えて臨床に臨まなければと思います。とはいっても、現実にはご家族の方に「あなたはこの子のことを分かっていない、ちゃんと思ってくれていない」と厳しい言葉をいただくこともたくさんあります。
――冒頭でお話しいただいた“患者さんに寄り添う”という意味がわかるような気がします。
福山 子どものてんかん患者さんは発達障害が併存していてもいなくても、てんかんになったことで自信を失ってしまうことが多々あります。そのような子たちに、医学と大人の組織力で「安心して生きていける環境」を整えてあげたいと思っています。そして、できるだけ気持ちを楽に過ごせるように、「大丈夫だよ」という言葉をかけてあげたいですね。
長野県立こども病院 神経小児科 副部長 福山哲広(ふくやま・てつひろ)氏
医学博士。専門は小児神経、てんかん。日本小児科学会専門医、日本小児神経学会専門医、日本てんかん学会に所属。
※この記事は株式会社ライフ・サイエンス「MEDICAMENT NEWS」第2201号(2015年7月15日)掲載誌面をもとにQLifePro編集部で一部再構成したものです。