FAFの取り組みと今後の地域医療
アカデミックな気風の高い伏見医師会の全面的なバックアップを得てスタートしたFAF(伏見心房細動患者登録研究/FUSHIMI AF REGISTRY)。心房細動の患者背景や治療の実態調査や予後追跡を目的とし、多くの開業医の先生方の賛同を得て、79施設が参加した研究機関となった。開業医の症例が多いことから、よりリアルワールドに近いデータが集積されたFAFでの研究と、今改めて見直される地域医療について、お話を伺った。
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「伏見心房細動患者登録研究/FUSHIMI AF REGISTRY」とは
京都市の南端に位置する京都市最大の行政区・伏見区は、人口約28万3,000人、商業、工業の盛んな人口密集地域です。年齢別人口構成は、京都市内全体、日本全体と良く一致しており、日本の都市型社会の典型例と言えます。その伏見区の伏見医師会と、伏見区の二大基幹病院である国立病院機構京都医療センター、医仁会武田総合病院の三者でタッグを組んで、心房細動の患者背景や治療の実態調査、予後追跡を目的とした研究組織を立ち上げました。アカデミックな気風の高い伏見医師会の全面的なバックアップを得ることができたおかげで、多くの開業医の先生方からご賛同いただき、79施設が参加したFAFが2011年3月にスタートしました。
研究では、伏見区内の心房細動の患者さんを全例登録することを目標としました。登録基準は、心電図で心房細動が証明されていることとし、除外基準はなし。1回でも心電図で診断されれば登録可能としています。FAFは、循環器専門医からだけでなく、プライマリケア医からも多くの症例が登録されたことが、本研究の最大の特色であると思います。
2012年6月末の登録数は3,183例。心房細動の発症率を人口の0.6%として約1,700人、0.8%とした場合は約2,300人の患者数を推定していましたが、現在も登録患者数は増えており、人口比で1%をすでに超えています。
FAFで明らかになった心房細動治療の現状
FAFの登録患者3,183例のうち59.3%が男性で、平均年齢は74.2歳です(2012年6月末時点)。日本心電学会の心房細動前向き登録研究であるJ‐RHYTHM Registryでの登録患者の平均年齢が69.7歳だったので、FAFの患者群のほうが圧倒的に高齢です。また、J‐RHYTHM Registryは大学病院や公的病院などの循環器専門施設の症例が中心でしたが、FAFは開業医からの登録患者が多く、まさにリアルワールドの患者群であり、J‐RHYTHM Registryと好対照をなしています。
平均のCHADS2スコアは、FAFで2.09、J‐RHYTHM Registryで1.70と、FAFのほうがリスクの高い患者さんが多くなっています。J‐RHYTHM RegistryではCHADS2スコア1点の患者さんが最も多かったのに対し、FAFでは2点の患者さんが一番多いという結果でした。依存症については、FAFでは最も多いのが高血圧症で60.6%、心不全27.9%、糖尿病23.2%、脳卒中の既往が19.4%。高血圧症はほぼ同等ですが、そのほかはいずれもFAFのほうがJ‐RHYTHM Registryより高い割合です。一方、ワルファリンの処方率ではJ‐RHYTHM Registryが87.3%で、FAFは48.5%でした。結論として、FAFの患者群のほうがJ‐RHYTHM Registryと比べて、より高齢でリスクが高く、かつ脳塞栓予防が不十分であるという現状が浮き彫りになりました。
病院の症例と開業医の症例をみると、FAFでは開業医のほうがより高齢でCHADS2スコアが高く、ワルファリンの処方率が低いことがわかります。本来重症の患者さんを診るべき大病院の専門医が比較的軽症の患者さんを診ており、より高齢でリスクが高い患者さんを開業医が診療しているという逆転現象がみられました。
しかし、実際に、地域の循環器専門医だけで3,000人以上の心房細動患者を診療するのは不可能です。そのため、専門医による評価を早めに行い、プライマリケア医と専門医の役割を明確にして、分担していく必要があります。
日本循環器学会による「心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改訂版)」では、NVAFにおける脳梗塞のリスク評価にCHADS2スコアが取り入れられており、CHADS2スコアが2点以上の患者さんの場合、ワルファリン療法が推奨されています。また、近年リバーロキサバンなどの新規経口抗凝固薬は、ワルファリンに比べて頭蓋内出血のリスクが低いことが確認され、CHADS2スコア1点の患者さんでもメリットがあると考えられるので、抗凝固療法の適応となる患者さんが今後さらに増えていくと思われます。
研究チームの連携が地域医療の連携に貢献
FAFの研究チームは、患者さんを中心にして病院勤務医、開業医、臨床研究コーディネーター、薬剤師、看護師、理学療法士など、さまざまな職種のスタッフで構成されています。研究調査が目的ではありますが、チーム内での連携は、まさに地域医療そのものです。患者データを集め、解析することで、治療や管理のクオリティ・コントロールを行うことができます。問題点や課題を抽出し、改善へのアクションを起こすことが可能で、また、チーム内での意思統一や病診連携のコミュニケーションもよりスムーズになります。地域医療レベルの向上に直結する組織ができたと思っています。
今後の研究目標
現在、心房細動の標準治療の確立は、多くを欧米発のエビデンスに頼っています。しかし、日本人の心房細動の患者さんと欧米の患者さんとでは臨床的背景が大きく異なります。国が違えば、生活習慣も違いますし、人種差もあり、疾病構造は異なります。例えば体格を比較すると、欧米で行われた心房細動の大規模治験のデータでは、平均体重が80kg、BMIが28kg/m2程度なのに対し、日本人の心房細動の患者さんは58.5㎏、22.8kg/m2程度と、非常に小柄です。大柄な欧米人のデータが日本人にそのまま通用しないのは当然なことでしょう。
日本国内だけでも、世代間で体格差はあります。現在80歳代の高齢者は、成長期が戦時中の食糧難の時代にあたり、FAFでも80歳以上の35%が50kg未満の低体重でした。現在60代の団塊世代が70代や80代、つまり心房細動世代になれば、心房細動患者の臨床的な特徴も、今とは異なるものになることでしょう。
こうしたことから、地域ベースで、偏りのない現実社会の患者データを、時代の変化とともに追跡していくことは、日本人に最も適した治療を行ううえで不可欠であると思っています。
また、FAFは、ワルファリンから新規経口抗凝固薬へと心房細動治療が変化しようとする節目のタイミングでスタートしたので、今後、新規経口抗凝固薬がどのように心房細動患者のアウトカムを変えていくのか、その効果と安全性についても検証できるだろうと期待しています。
研究チームのスローガンは「脳梗塞 地域で防げ」です。「京都の伏見区だけなぜこんなに脳梗塞患者が少ないのか」と、多くの方に驚かれ、また手本とされるような地域医療を目指していきたいと思っています。
※お話の内容は2012年7月時点のものです
赤尾昌治先生(国立病院機構京都医療センター循環器科 医長・診療科長)