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「看取り」から始まる医療がある~“大病院だけのハナシ”ではない臓器提供の実態 第6回

読了時間:約 6分33秒  2013年09月06日 PM12:30
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第6回「医療現場を先入観の呪縛から解くために」

今回は連載の最終稿として、臓器提供に対する医学界の現況確認と、誤解解消のために何をしていくべきかを、皆さんと一緒に考えたいと思います。

■医学部での移植医療教育の状況

2010年6月、長崎市で行われた日本脳神経外科学会九州支部会で、私が「改正臓器移植法と脳神経外科医師の責務」の演題を発表したところ、一人の医師から「あのー、腎臓って心停止でも提供出来るのですか」という質問が出ました。思わず苦笑しましたが、質問をして頂けただけでもマシとも言えます。なぜなら、臓器移植法は1997年に制定されたので、それ以前に大学を卒業した現年齢40歳以上のベテラン医師らは、移植医療、特に臓器提供側の教育を受けていないからです。私の学生時代(1978年~1984年)の教科書にも、移植医療の部門はありませんでした。

では、現在の医学教育はどうなっているのでしょうか。日本移植学会では2012年11月、医学部をおく全国の大学に対し、「医学部における移植医療教育に関するアンケート」を実施し、62大学からの回答を得ました。

その結果、「脳死の講義を行っている」大学が59大学、「臓器提供の講義あり」が46大学、「臓器移植の講義あり」が60大学でした。注目すべきは、心臓や腎臓などの移植関連科の医師が、臓器移植の講義のみならず、脳死や臓器提供の講義をも行っていることです。本来ならば、脳の専門家でかつ臓器提供に中立的な立場である脳神経外科の医師が講義を担当すべきでしょう。しかし、臓器提供の症例経験が圧倒的に少ない日本では、脳神経外科の医師が学生に教えられる情報を持ち合わせていないのです。

■日本脳神経外科学会のスタンス

次に、臓器提供に関する日本脳神経外科学会のスタンスを、そのHPを元に紹介します。旧法下では、脳死下臓器提供が可能な施設は、同学会専門医訓練施設の中の「A項施設」※1)に限定されていました。A項施設とは、脳神経外科施設の中でも相当な手術数を誇る施設であり、平成22年10月4日時点で日本全国でも385施設を数えるのみでした。簡単に言うと「大病院でしか脳死下臓器提供させない」との決まりだったのです。ところが、平成23年4月の専門医訓練施設の統合改組に伴い、脳死下臓器提供が可能な施設が「基幹施設」と「研修施設」および「関連施設」の3分類に改められ、一気に825施設へと増えました。ただしこれは、単に制度上可能というだけであり、825施設全てが積極的に臓器提供に関与しているわけではありません。

そこで、同学会HPの臓器移植に関する質疑応答集(平成22年10月 会員専用ページ内に掲載、全112問答)を見てみますと、興味深い内容が並んでいます。そこから以下3問を抜粋要約してみましょう。

Q. (基幹及び研修施設は)臓器提供施設となる義務があるのか?
A. 義務ではない。体制構築を要望されている。
Q. 家族に対して臓器提供の意思を確認することは法的義務か?
A. 法的義務はない。主治医、施設の判断に依る。
Q. 臓器提供施設になっていないことで病院機能評価上不利益にならないか?
A. 別次元の問題であり不利益は被らないはず。

これらの記載を見ると、やはり「臓器提供は、やる気がなければやらなくても構わない医療」と位置づけられていると言われても仕方がないと思います。

※1)A項施設:原則として年間脳神経外科手術100例以上(そのうち中枢神経系の腫瘍・動脈瘤・動静脈奇形の直接手術、併せて30例以上。その内訳は、少なくとも腫瘍10例以上、動脈瘤・動静脈奇形10例以上を含む)を行う施設。

■提供病院へのアンケート調査

次に、同学会が行った「改正脳死臓器移植法への対応に関する緊急実態調査アンケート結果」(平成22年10月 会員専用ページ内に掲載)を検討しましょう。

(1)負担感:大変負担51%、負担41%、負担ではない5%
負担内容(多い順):時間的、人的、マスコミ、重責、経済的
(2)未整備の理由(多い順):
小児脳死判定不能、虐待に対応不能、経験不足
(3)誰がオプション提示を行うか:
主治医35%、誰かが行う33%、行わない16%、別チーム5%
(4)希望する学会支援(多い順):
学科支部の包括支援、経験者派遣、脳死判定技術、脳波検査指導

そもそも、このアンケート名にある改正脳死臓器移植法なるものは存在しません(正しくは改正臓器移植法)。それほど脳神経外科学会は、臓器提供は「専ら脳死下に行われるもの」との意識を強くしているのでしょう。その脳死下提供にこれほどの困難さを感じるならば、全く別次元の負担がある心停止下提供にまで思いを馳せるのは難しかろうと想像します。

■オプション提示に関する過度の恐れ

最近の日本脳神経外科学会でのエピソードです。私が臓器提供啓発の演題を発表した際、ある大学教授が次のように発言しました。

「脳神経外科学会としては、臓器提供には中立の立場をとるべきとしている。しかし主治医のオプション提示で、ご家族の心情が提供に誘導されないかが懸念される」

この疑問は、学会や医師間でしばしば論じられます。その際私は、「オプション提示は、患者本人やご家族に臓器提供の意思があるかないか、その有無を尋ねるだけです。この有無の無の方も意識していただきたい」と返答しました。しかし後になって、「オプション提示に対して仮にご家族が提供の意思ありと返事をしても、最終的にはコーディネーターによる正式な説明で気持ちは仕切り直しされます。私の経験では、ご家族は提供の諾否を本当に真摯に考えてくれます」と説明を加えれば良かったと後悔しています。その教授にオプション提示の経験が一度でもあれば、このような誤解はなかったでしょう。「自分の言葉でご家族が誘導されるのでは」との疑念がある限り、医師はオプション提示に踏み切れないでしょう。本連載の1-2回目でも紹介したとおり、移植医療に関しては誤解・先入観が大きいため、結果としてオプション提示を含め「食わず嫌い」になってしまっている医師が多いのです。

■本当に「残酷で可哀想」なことか考えてみて欲しい

プロとしてのふるまいが求められる

(クリックすると大きな画像を見ることができます)

医師(や看護師)の中には、「臓器提供は残酷で可哀想」と誤解しているために、ドナーカード所持確認やオプション提示から逃げてしまう人が少なくありません。確かに「無目的に」体を切ることは、残酷で可哀想なことです。一方、合目的的な針で人を刺す注射、メスで人を切る手術を、医療者が残酷な行為だと評することはありません。その行為を患者ご本人が必要なことだと理解し受容しているからです。

臓器を提供した方のご家族は、提供の理由を、「本人の提供の意思を尊重したい」「最期には人の役に立たせたい」「本人は優しい人だったので」「臓器だけでもどこかで生きていて欲しい」などとおっしゃいます。即ち、「残酷で可哀想だ」を凌駕する、確たる理由と受容があるからこその臓器提供なのです。それを、ご家族の立場にない医療者が、先入観や誤解に囚われて(ましてや自分勝手な考えで)「存在する可能性のある臓器提供のご意思」を闇に捨て去ることは許されません。医療者が「自分なら臓器提供はしないし、家族にもさせない」と個人的に考えていても全く構いません。しかし医療を生業(なりわい)としている以上は、公私混同を避け、臓器提供のご意思を持つ方々を尊重する姿勢を持たなければならないのではないでしょうか。

■移植医療への誤解と先入観を知る

まだ誤解している医師も多い

(クリックすると大きな画像を見ることができます)

本連載は、日本の臓器提供の実情と問題点を、主に医療従事者や医学生向けに書き下ろしました。移植医療ほど、医療不信のレッテルを貼られ、国民に誤解され、メディアに理不尽に叩かれている医療分野はありません。かく言う私も、実際に臓器提供に関わる前は、非常に視野の狭い、プライドの高い、尖った考え方の持ち主でした。しかし、臓器提供に関わるようになって、視野・知識・考え方が格段に広がり、柔軟性を持つ人生を切り開くことが出来ました。

臓器提供は、医療者が、ご本人やご家族の立場を「客観的に中立的に」考える絶好の機会です。「誤解と先入観がいかに私達を支配しているか」「人の言やメディア記事がいかに医療現場を翻弄しているか」を知って頂ければ幸いです。

■日本の移植医療を発展させるために

日本の移植医療技術は世界最高レベルです。ところが提供数は世界最低レベルです。この乖離をなくすためには、どうしたら良いのでしょうか。これまで述べてきたことをまとめると、次の3つに集約されます。

(1)一般国民は、臓器提供についての「強制・バラバラ・連れ去られる・目がホラ穴」などの誤解を解き、正しく理解する。その上での臓器提供の諾否は、各個人やご家族の自由であり、その理由が感情的なものであっても全く構わない。

(2)医療者が、一般国民と同様の個人的な感情を持つのは自由であるが、プロとして、臓器提供の自由意思を勝手に破棄することは許されない。

(3)メディアは、「脳死は人の死か」や「臓器提供は虐待行為か」などの些末な話題づくりは止め、広く医学界に向かって「臓器を提供して人を助けたいと考える国民がいるのに、人を助ける立場の医療者達が無関心でいいのか」と呼びかける。正しい方向の世論で医学界を動かす。

私は、拙書『移植医療 臓器提供の真実-臓器提供では、強いられ急かされバラバラにされるのか-』の出版を機に、当サイトでの連載の機会を与えて頂きました。株式会社QLifeの皆様方に深く感謝いたします。私は脳神経外科の臨床医としての中立な立場を利用し、日本の移植医療のボタンの掛け違いの歴史を正すことに貢献していきたいと考えています。皆様方に、私の活動を今後も見守っていただければ幸甚です。

最後に、私の心に強く刻まれた医学部生のレポートの一文を挙げたいと思います。

「癌の告知が当然の時代になったのだから、カード所持確認やオプション提示が当然の時代も来なければならない」

※文中で使用しているスライドは、『医療ボードpro』へのダウンロード使用可能です(無料)。
『移植医療(脳死下・心停止下提供)の実際』

吉開 俊一(国家公務員共済組合連合会 新小倉病院 脳神経外科部長)

1984年 九州大学医学部卒業
1991年 臨床大学院課程修了、医学博士取得
1993年 日本脳神経外科学会専門医取得
その後、脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍など、主に脳神経外科救急領域にて従事
2009年より現職

著書:移植医療 臓器提供の真実 ―臓器提供では、強いられ急かされバラバラにされるのか―