2つの脳卒中リスク評価による抗凝固療法開始のタイミング
2010年欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインにて、CHA2DS2-VAScが、それまでのCHADS2のリスク細分化を図るため提唱された。では、これら2つのリスク評価は、実際の医療現場ではどのように用いられているのだろうか。矢坂正弘先生(国立病院機構 九州医療センター 脳血管センター 脳血管内科科長)に脳血管障害におけるリスク評価の実際と、急性期の脳梗塞患者へ抗凝固療法を行う際の注意点などについてうかがった。
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CHA2DS2-VAScが2点以上の場合は、抗凝固療法を考慮することが推奨されつつある
心原性脳梗塞症のリスク評価をする際に必ず押さえておくべき点があります。数少ないケースではありますが、CHADS2スコアが0点~1点であっても脳梗塞を起こすことがあり、起こってしまえばその重症度は変わらないという事実です。普段、深刻な状態で病院に運ばれてくる急性期の脳梗塞患者を診ている身からすると、CHADS2スコアが2点以上の患者には確実に抗凝固療法を行い、スコア1点の患者に対しても出来うる限り行っていて欲しいのが本音です。(ただ、スコアが0点の患者に対してはリスクとベネフィットの観点から、その選択は難しいだろうと考えています)
そこでCHADS2スコアのリスクの細分化を図ることを目的に、2010年欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインにて提唱されたのが、CHA2DS2-VAScという概念です(※注)。現在では、CHADS2スコアが0点~1点でも、CHA2DS2-VAScスコアが2点以上の場合は、抗凝固療法を考慮することが推奨されつつあります。心原性脳塞栓症のリスク評価法として、将来、広く浸透していくだろうと思われます。
ワルファリンは治療域が狭いため、CHADS2スコアが1点の患者への使用については、専門医の間でも論議が絶えません。しかし、新規経口抗凝固薬はワルファリンと比較して、頭蓋内出血のリスクを減らすという研究結果が多く発表されています。そのため、CHA2DS2-VAScスコアやCHADS2スコアで低い点数の場合にも積極的に抗凝固療法を行いやすくなるという道筋が見えてきたといえます。
そのほかに、頭蓋内出血リスクの評価法としてHAS-BLEDスコアがあります。HAS-BLEDスコアが高いからといって抗凝固療法を行わないということではなく、この評価は出血性合併症への注意喚起という位置づけと考えています。将来的には日本のガイドラインにも取り込まれていくと思います。
※注
CHA2DS2-:
C(心不全)→1点/H(高血圧)→1点/A(≧75歳)→1点/D(糖尿病)→1点/S2(脳卒中・TIAの既往)→2点
CHA2DS2 –VASc:
C(心不全・左心室機能不全)→1点/H(高血圧)→1点/A2(≧75歳)→2点/D(糖尿病)→1点/S2(脳卒中・TIA・TEの既往)→2点/V(冠動脈疾患)→1点/A(65~74歳)→1点/Sc(性別[女性])→1点
急性期の脳梗塞患者には、禁忌を除外した上で積極的な抗凝固療法を実践
急性期に再発しやすいこと、出血性梗塞を起こしやすいことが心原性脳塞栓症の特徴です。出血性梗塞とは、塞栓子の融解や遠位部への移動によって、壊死した組織に血流が再び流れ込み、それによって脆くなった血管壁から出血した場合をいいます。
したがって、急性期の脳梗塞患者に対してヘパリンを使用するかどうかという議論になる訳ですが、現在のところ、十分なエビデンスは存在しません。しかし、いくつかの研究結果からヘパリンを使っても悪いことはないだろうというのが共通した見解です。よって、九州医療センターでは、感染性心内膜炎(infective endocarditis)など抗生物質の投与が必要な場合、胃潰瘍からの新鮮出血など「今」出血している場合、血圧が180mmHg未満にならない場合を、禁忌として除外した上で、急性期の脳梗塞患者に積極的な抗凝固療法を実践しています。
治療の流れとしては、まずCTまたはMRIで出血がないことを確認します。梗塞が中大動脈領域の面積の1/3未満の場合は、当日からヘパリン+ワルファリンで治療を開始、ワルファリンが治療域になったらヘパリンは中止します。1/3~2/3の場合は1日待機し、翌日に出血がないことをCTで確認してから、ヘパリン+ワルファリンで治療を始めます。1/2以上の場合は出血リスクが上がり、梗塞が大きいと頭が腫れて脳ヘルニアを起こすので、3~7日待機して出血と脳ヘルニアがないことをCTで確認できたら抗凝固療法を開始します。ワルファリンは効果が出るまでに1週間ほどかかりますので、その間はヘパリンを併用します。
PT-INRとTTRの目標値の妥当性とINRコントロール時の注意点
PT-INRは70歳未満が2.0~3.0、70歳以上が1.6~2.6が目標値となっています(日本循環器学会 心房細動治療(薬物)ガイドライン2008年改訂版より)。70歳以上では2.6を超えると出血が増加し、1.6を下回ると予防効果がないので、この範囲に収める考え方が妥当でしょう。現在、J-RHYTHM Registry 研究でワルファリン使用例を7,000例登録し、至適PT-INRを検討する取り組みが行われていますから、その結果によって修正されるかもしれません。
TTR(Time in Therapeutic Range:INR 至適範囲内時間)は、60%を超えないと抗凝固療法の効果がありません。ACTIVE-W試験からも、TTRが上がると、抗血小板薬との差がきれいに出ることがわかっています。ワルファリンのような治療域の狭い薬剤の場合、TTRが安全域に入っている割合は個人差があると思われます。PT-INRが安定しない方は、2週間に1回と、INR測定の間隔を短くしています。INRを上手にコントロールするために、工夫や取り組みもしています。回復期やリハビリの施設に転院する際に、「INR1.6~2.6でコントロールしてください」と、きちんと書くようにしています。言葉だけでなく、書いて渡すことが大切です。
自宅に戻った患者さんは、食事内容などの生活が大きく変化するため、家に帰った途端にINRが上がることも多いのです。その対策として当センターで行っているのが、月2回の脳卒中健康講座です。「脳卒中はこんな病気」「抗血栓薬の効果について」「ワルファリンに影響する食べ物」「顔、腕、言葉に症状出たら119番」などなど。患者さんとその家族に、疾患、治療、生活について、全般的に学んでもらっています。
広義と狭義の「ワルファリン抵抗性」
まず、広義と狭義に分けて定義づけする必要があります。広義の「ワルファリン抵抗性」には、服薬の問題があります。例えば「ワルファリンを10mg飲んでいる、だからワルファリン抵抗性」と言われることがありますが、原因を質してみると、一番多い原因は「服薬していない」こと。次に、納豆、クロレラ、青汁などを摂取している。最後に、他の薬剤の影響です。大体において、ワルファリン抵抗性といわれるものはこの広義の3つです。
一方で、入院中できちんと管理しているのに、ワルファリン15錠~20錠が必要となるような場合があります。こちらが狭義の意味のワルファリン抵抗性で、遺伝子多型などの問題が考えられますが、稀なケースです。
広義・狭義ともに、かかりつけ医との情報交換や患者教育が重要になると思います。
※お話の内容は2011年4月時点のものです
矢坂正弘先生(国立病院機構 九州医療センター 脳血管センター 脳血管内科科長)