「経営に悩む医療人の役に立つならば」・・・軌道に乗るまでの失敗談や苦労、成功の秘訣やノウハウ、そして“次の一手”など、「他では開示されない貴重なノウハウ」を、教えてくれます。
有力院長が次々と登場するので、月に2回はアクセスして、「自院の方向性チェック&考察」の機会にご利用ください。
たんぽぽ診療所
遠藤博之 院長
「自分の弱さ」を糧に
スピリチュアル・ケアを実践
有力な緩和ケア診療所に発展
一番の苦労
「患者が少ない責任を押しつけた」と誤解して辞めたスタッフ
一番の苦労というわけではないが、一番最初の反省として、心に残っている出来事がある。開業して間もない頃、一人のスタッフが辞めていった。理由の一つは「患者さんの死に直面する精神的負担」に耐えられないということだった。これは緩和ケアを標榜する診療所では、致し方ない。しかしもう一つの理由は「患者不足の責任を私達に押しつけた」というものだった。
私は愕然とした。そんなつもりは毛頭なかった。隣近所へのチラシ・ポスティングを依頼したことが、誤解されたらしい。小さな診療所を一緒に盛りたててもらうには、むしろ自主的にその種の発案をしてくれるスタッフが望ましいが、一方で、私のコトバひとつで従業員に曲がったプレッシャーがかかってしまうことを学んだ。
一番の特徴
「先生に聞いてもらえば、救われる」医師を目指すも、「太陽と死は見続けられない」ジレンマ
当院は「緩和ケア」も標榜しているが実際は一般内科(小児科)の普通の診療所。在宅緩和ケアを実際行える患者さんは、実患者数の5%にも満たない。ありがたい事に、ご依頼者はもっと多いし、経営的にも高い点数が取れるけれども、断らざるを得ない。「太陽と死は見続けられない」という言葉があるが、「死」を直視する毎日ばかりでは、とても自分のメンタルを維持できず、スピリチュアル・ケアを提供できないからだ。
スピリチュアル・ケアとは、患者さんの人生の意義や、本当に大切なものを、護ってあげること。人は不健康になると「身体的」「精神的」「社会的」に痛みを感じる(※)が、「スピリチュアリティ」だけは死を迎えるほどの局面でも、逆に「プラス」に持っていける。だから「キュア(治療)よりもケア」を私は大事にしている。
では、残りの95%の患者さんには関係ない話かというと、そうではない。スピリチュアル・ケアは死ぬ間際だけに必要なものではなく、一般の内科など全ての患者さんに必要なもの。辛さ、悲しさに押しつぶされそうになっている患者さんに、同伴者として寄り添い、「生」を見つめる。私自身が、立派な人間ではなく、弱くて癒しを欲する存在だと自覚しているからこそ、それができる。「遠藤先生に話を聞いて欲しい。そうしたら全人的に健康になれる、幸せになれる。」と言ってもらえる存在を目指して、キュアとケアを提供している。
点数優遇もあって最近は、「緩和ケア」「在宅診療」を標榜して開業する若いドクターも増えているが、ぜひ、価値観の置きどころを見失わないようにして欲しい。
(※WHOによる「健康」定義の3要素。10年程前にこの3つに「スピリチュアル」を加えるべきではないかとの議論がされたが、医療と宗教の混同や代替療法の横行を促進する可能性などが指摘されて、実現されなかった。)
一番の助言
従業員の家族は、絶対に本気で診なければならない
スタッフとの信頼関係は、ある程度うまくいっている。特別なコミュニケーション秘訣があるわけでもなく、待遇が良いわけでもなく申し訳ないくらい。ただ一つ、私が心がけていることは、「スタッフとその家族は本気で診る」ということ。
彼女達は、院内の繁忙状況も報酬制度も知っているので、私がプラスアルファの想いを注いで診療にあたれば、それは口に出さずとも伝わる。勿論、治療内容で他の患者さんと差別するわけではない。時間や費用面で融通を利かせる、それも”本気で”利かせるということ。具体的には、「往診する余裕がない時でも、なんとか往診時間をねん出する」「24時間いつでも電話しなさい、と本気で伝える」「診療報酬を一定以上取らない」など。頑張って働いてもらっているんだから、せめて私に一番できることが一番必要とされている時には、それを職場の仲間には全力で提供するようにしている。
一番の秘訣
ハード面の設計で重要なのは、「先々どうなるか」を考えること
私のケースは、建物を地主さんが用意してくれて、それをレンタルする形で開業した。大きな屋根面が印象的な外観デザインや、スロープ天井に囲まれた大きな吹き抜けが特徴的な待合室など、診療所らしくないデザインが気に入っている。使い勝手も良くて特に不満はないが、出入口の格子の引き戸が汚れやすくてワックス代が意外にかかる。こうした先々のメンテナンス面まで考えて、ハードは決めるべき。
一方で、後になってメリットを実感しているのは、点滴スペースが広いこと。開業当初は稼働せずに「勿体ないなあ」と不満だったが、今となっては余裕を持って点滴希望の患者さんを受け容れられることで、助かっている。受付で「点滴をご希望でしたらお声掛けを」と表示できて、これは安心感を抱いてもらえるらしく好評だ。
一番のゆめ
体力が落ちても続けられるスピリチュアル・ケアの形さがし
お陰さまで患者さんも徐々に増えていて、経営的にもやっと少し安定してきた。
ただ、このまま10年、20年続けていけるのか、漠然とした不安はある。今はほとんど休みもないし経営面も気にしなければならないし緩和ケアの精神的負担も大きい。けして勤務医時代より楽だとは思わない。体力が落ちても同じペースを維持するのは難しいだろう。
恩師の川田先生(元恵泉女学園学園長、元日本聾話学校長、1931年生まれ)や尊敬する日野原先生(聖路加国際病院理事長、名誉院長。1911年生まれ)のように、歳を取っても活躍する方はいる。この地域で私なりのスピリチュアル・ケアを実践し続けるには、どのような形が良いのか。答はまだ分からないが、それを模索し続けることは、私自身のスピリチュアリティをケアすることにもつながる。
医院プロフィール
たんぽぽ診療所
静岡県静岡市駿河区中吉田26-16
TEL:054-267-7655
医院ホームページ:http://www.geocities.jp/tanpopoclinic/
静岡鉄道「県立美術館駅」下車、北へ向かって約100m。駐車場は12台完備。
気持ち良い吹き抜けファンが回っている待合室の奥に、「もうひとつの待合室」が見える。当初は、個別の話をする部屋として設けられたそうだが、今ではピアノが設置されミニコンサートが行われるほか、患者さんによっては逃げ込んでホッとする空間に使ってもらっている。
診療科目
内科・緩和ケア・腎臓内科・在宅診療
理念
「私の心とあなたの心、温かさで満たすやさしい心。」
院長プロフィール
遠藤博之(えんどう・ひろゆき)院長略歴
1989年 山梨医科大学卒業
1989年 静岡済生会総合病院
2001年 静岡済生会総合病院 腎臓内科医長
2004年 静岡済生会総合病院 緩和診療科科長
2006年 たんぽぽ診療所開設 院長就任
資格・所属学会ほか
日本内科学会総合内科専門医
日本腎臓学会認定医
日本透析医学会指導医・認定医
院内や連携先の済生会病院などで有名人を招いてのイベントを頻繁に開催したり、ご自身が講演に招かれる機会も増えている。
人脈の豊富さは、遠藤先生の人柄か。