がん治療の効果、特定の栄養療法との組み合わせで大きく向上する可能性
金沢大学は4月2日、悪性脳腫瘍の抗がん剤に対する耐性が「リソソーム」の働きによって引き起こされることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/がん進展制御研究所の平尾敦教授、がん進展制御研究所のジン・ヨンウエイ博士研究員、小林昌彦助教、医薬保健研究域医学系の中田光俊教授、医薬保健研究域薬学系の荒川大准教授、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の新井敏教授ら、東京大学医科学研究所、慶應義塾大学先端生命科学研究所、和歌山県立医科大学の研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。

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タンパク質、糖、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素を摂取し、体内で代謝することは、生きる上で非常に重要である。これまでの研究で、これらの栄養素を感知する仕組みが、エネルギーの産生や消費のバランスを調整したり、エピジェネティクス(遺伝子の働きの調整)やレドックス(酸化還元)シグナルの伝達経路に影響を与えたりすることで、がん細胞の生存や増殖を強くコントロールしていることがわかってきた。
最近、こうしたがん特有の代謝状態に着目し、それぞれの弱点を狙った栄養療法が開発されつつある。例えば、がんが必要とする栄養素を減らすことで、腫瘍の成長を抑える効果が確認されている。また、従来のがん治療と特定の栄養療法を組み合わせることで、治療効果が大きく向上する可能性も示されている。このようなアプローチは「Precision Nutrition」と呼ばれ(日本語では、精密栄養や個別化栄養などと訳される)、患者の状態に合わせた食事を設計し、治療効果を最大限に引き出しつつ、副作用を最小限に抑えることを目指している。
悪性膠芽腫細胞株を解析、リソソーム生合成調節因子が治療耐性に関わると判明
今回研究グループは、治療が効きにくい脳腫瘍の代謝的特性に着目し、治療の効果を高める栄養療法を開発することを目標に研究を進めた。
まず、金沢大学と東京大学で確立された悪性膠芽腫細胞株を解析したところ、これらの細胞は正常な神経前駆細胞に比べてリソソームの活性が高いことがわかった。さらに、リソソーム活性が高い腫瘍細胞ほど、酸素を使うミトコンドリアの活動が活発であり、特殊な代謝状態を持つことが明らかになった。また、リソソーム活性が高い細胞ほど、生体内で腫瘍を増やす能力が強く、悪性度が高い性質を持つことも判明した。このことから、リソソーム活性は脳腫瘍の悪性度を示す重要な指標になると考えられる。
次に、リソソーム活性を制御する因子を調べた結果、リソソーム生合成を調節する「TFE3」というタンパク質が、治療耐性に深く関わっていることがわかった。さらに、TFE3はPGC1αなどの分子を介して、腫瘍細胞の特徴的な代謝を調整していることも明らかになった。
腫瘍細胞のリソソーム活性とテモゾロミドの治療効果に「リシン」が重要
これらの結果をもとに、腫瘍細胞の代謝をさらに詳しく調べたところ、アミノ酸の動きが大きく変化していることが明らかになった。そこで、培養液からアミノ酸を一つずつ取り除いて細胞を育て、リソソーム活性がどう変化するかを調べたところ、「リシン」というアミノ酸がリソソームの働きに不可欠であることがわかった。
培養液中のリシン濃度を下げると、リソソームの機能が低下し、抗がん剤「テモゾロミド」に対する腫瘍細胞の感受性(治療効果)が高まることも確認された。その仕組みとして、リシンがアルギニンを使った一酸化窒素の生成を抑えることで、腫瘍細胞をリソソームストレスから保護する役割を果たしていることがわかった。以上より、細胞内のリシンとアルギニンのバランスを変えると、リソソームの機能が低下し、抗がん剤の効果が高まることを見出した。
リシン制限と同じ効果のホモアルギニン、テモゾロミドのブースターとして有効
これらの知見をもとに、新しい治療法の開発を目指した。リシンは体内で作れないため、食事から摂取する必要がある「必須アミノ酸」の一つである。そのため、まずはマウスモデルを用いて、リシンを含まない特別食により体内のリシンを制限する実験を行った。しかし、この方法では体重が大きく減少する問題があった。そこで、リシンを制限するのと同じ効果を持つ化合物を探した結果、「ホモアルギニン」という物質が、テモゾロミドの治療効果を高めることを発見した。ヒト脳腫瘍細胞を免疫不全マウスに移植したモデルで、ホモアルギニン単独では腫瘍に大きな効果はなかったが、テモゾロミドと併用することで、抗腫瘍効果を高め、マウスの生存期間を延ばすことが確認された。
これらの結果から、ホモアルギニンの投与は、テモゾロミドの治療効果を増強する「抗がん剤ブースター療法」として有効であることが確認できた。
TFE3を中心とした治療耐性機構の解明、ホモアルギニンの医療応用検討など進めていく
今後は、TFE3を中心とした治療耐性の仕組みをさらに詳しく解析する必要がある。脳の組織内で、どのような代謝環境が治療耐性を作り出すのか、またどのような分子が影響を受けるのかを解明することで、がんの本質的な理解が進むと期待される。
また、ホモアルギニンを医療に応用できる可能性や、それ以上に効果の高い化合物を見つけられるかについても検討が必要である。この際、抗がん効果だけでなく、安全性についてもしっかり確認することが重要である。「これらの取り組みを通じて、将来的に悪性脳腫瘍の治療成績や患者の予後を改善できるよう、研究開発を進めていく」と、研究グループは述べている。
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