治療抵抗性を再現できるモデルとして、患者由来食道がんオルガノイドに着目
東京科学大学は4月1日、40症例の食道がん(ESCC)患者から、ESCCオルガノイドライブラリーを樹立し、このライブラリーに含まれていた7症例の化学療法剤抵抗性オルガノイド株が抗酸化ストレス応答の亢進を示すことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大総合研究院難治疾患研究所の樗木俊聡教授、佐藤卓元准教授(現・日本医科大学教授)、同大消化管外科学分野、同大包括病理学分野、慶應大学、都立駒込病院の研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。

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ESCCは、世界で罹患率が7位、死亡率が6位であり、治療後の5年生存率は55~63%程度と、予後不良ながんの一つだ。ESCCは扁平上皮がんと腺がんに分類されるが、日本を含む東アジアでは9割以上が扁平上皮がんである。
近年の食道がん治療は、外科的切除に加え、シスプラチンや5-FUを用いた化学療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が一般的に行われている。これにより死亡率は改善傾向にあるが、しばしば治療抵抗性がん細胞クローンの増殖による再発がみられ、再発がんに対する治療効果は限定的となっている。また、ESCCの外科的切除は、食事や嚥下障害、逆流性食道炎、発音障害、呼吸機能障害など、術後の患者QOLを大きく低下させる要因となる。したがって、ESCCの治療抵抗性機構を明らかにし、診断や治療法の開発につなげることが求められている。
近年、患者間の腫瘍性状の違いを再現できる新しいモデルとして、患者由来のがんオルガノイドが確立され、患者ごとの抗がん剤スクリーニングやがんの性状解析に有用であることが示されている。これまでに、さまざまながん種でオルガノイドが樹立されてきたが、食道がんオルガノイド(ESCCO)の樹立に関する報告は少なく、詳細な解析も十分に行われていなかった。
患者から樹立したESCCオルガノイドの一部はシスプラチン・5-FUに抵抗性示し生存
研究グループは、ESCC患者40人から、それぞれのESCC組織を再現するESCCO24系統および正常食道オルガノイド(ENO)40系統を樹立することに成功した。これらESCCOは、in vitroおよびin vivo異種移植モデル(ESCCOを免疫不全マウスに移植して作製)において、原発食道がん組織の性状を正確に再現した。また、ESCCO24系統のうち、17系統はシスプラチンおよび5-FUによる処理に対して感受性を示し死滅した(化学療法感受性ESCCO)が、一方で7系統は抵抗性を示し生存した(化学療法抵抗性ESCCO)。
NRF2標的遺伝子が化学療法抵抗性のバイオマーカーになり得ると判明
注目すべき点として、化学療法抵抗性ESCCOは、化学療法感受性ESCCOと比較して、抗酸化ストレス応答に重要なNRF2経路が活性化しており、ALDH3A1、SPP1、TXNRD1を含む13種類のNRF2標的遺伝子の発現が有意に亢進していた。
この結果に基づき、通常病理診断に用いられる食道がん患者の腫瘍組織切片を用いて、NRF2標的遺伝子(ALDH3A1、SPP1、TXNRD1)のmRNA発現を検討した。興味深いことに、化学療法抵抗性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織ではNRF2標的遺伝子の発現が認められたものの、感受性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織では全く検出されなかった。これらの結果は、
1)NRF2標的遺伝子が化学療法抵抗性のバイオマーカーになり得ること
2)ESCC患者の腫瘍組織切片でこのバイオマーカー発現を調べることで、化学療法抵抗性を予測できる可能性があることを示唆している。
27のキナーゼ阻害剤を評価、フェドラチニブが化学療法抵抗性ESCCOを死滅させると判明
さらに、ESCCOライブラリーを用いて、化学療法抵抗性ESCCOを死滅させる薬剤の探索を行った。すでに臨床応用されている27種類のキナーゼ阻害剤に対する化学療法抵抗性ESCCOの反応性を評価した結果、JAKキナーゼ特異的阻害剤フェドラチニブが、シスプラチンおよび5-FUよりも効果的に化学療法抵抗性ESCCOを死滅させることが明らかになった。フェドラチニブは、骨髄線維症や頭頸部扁平上皮がんへの治療効果も報告されており、有望な治療薬候補であることが示唆された。
化学療法抵抗性ESCCOの中には、NRF2をコードするNFE2L2遺伝子に変異を持たないものも含まれていた。この結果は、NRF2経路に加えて、他の経路がNRF2標的遺伝子発現を介して、一部のESCCOにおける化学療法抵抗性の誘導に関与している可能性を示唆している。
さまざまなESCC患者からのESCCO樹立により、効果的な個別化医療開発につながると期待
研究グループのESCCOライブラリーは、ESCCに対する新薬のスクリーニング、特に化学療法抵抗性ESCCを根絶できる候補薬の発見において、強力なツールとなる。また、化学療法の効果を予測できるバイオマーカーの同定にも有用だ。今回研究グループは、ESCC患者の原発腫瘍組織切片を用いて、化学療法抵抗性ESCCのバイオマーカーとしてNRF2標的遺伝子(ALDH3A1、SPP1、TXNRD1)を同定することに成功した。ESCC患者においては、バイオプシーや外科切除手術時の腫瘍組織切片を用いて、バイオマーカー発現有無を判定することで、有効な治療方針の決定が可能となる。さらに、効果のない化学療法を回避することで、患者のQOL改善につながることが期待される。
「ESCCOライブラリーは、化学療法抵抗性ESCCに対する新規創薬標的、バイオマーカー、および創薬スクリーニング・プラットフォームを発見するための重要なリソースとなる。今後、さまざまなESCC患者から前向きにESCCOを樹立し、詳細に分析することで、効果的な個別化医療の開発が加速することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京科学大学 プレスリリース