腸内細菌由来の腎不全物質「PS」、インスリン分泌/抵抗性に及ぼす影響は?
東北大学は4月1日、腸内細菌由来のフェニル硫酸(PS)による血糖値調節メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科、医工学研究科の阿部高明教授と頓宮慶泰氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。

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末期腎臓病(End-Stage Renal Disease:ESRD)患者は空腹時の血糖値や血糖値の指標であるHbA1cが低い一方でインスリンレベルが高いことがよく知られている。このインスリンレベルの上昇は、腎機能の低下によってインスリンの体内からの排出が低下することが主な原因と考えられてきた。しかし近年、ESRD患者ではインスリンの分泌量を反映するCペプチドも上昇することが報告されており、インスリンの分泌や代謝に未知のメカニズムが関与していると推測される。
一方、研究グループのこれまでの研究を含む複数の研究から、腸内細菌が産生する尿毒素であるPSという物質がDKDの進行に深く関与すると考えられている。つまり、DKD患者では血中PS濃度が高く、PSが腎臓の濾過装置である糸球体や尿細管へのダメージを引き起こして病態を悪化させることが示されている。またPSの産生を抑制することで、DKDで尿中に漏れ出すアルブミンが低下し腎機能の改善が期待されるほか、血中HbA1cとの間に負の相関関係が認められるなど、PSが糖代謝にも影響を及ぼす可能性が考えられた。
そこで研究グループは今回、腸内細菌が作り出す腎不全物質であるPSのインスリン分泌やインスリン抵抗性に及ぼす影響について、マウスを用いた基礎実験および患者データベースの解析から検証を行った。
細胞・マウス・患者DBから、PSがインスリン分泌促進/抵抗性を引き起こすことを解明
研究ではESRD患者のインスリンの体内からの排出低下以外の要因としてPSが血糖値の調節に関わるインスリンの分泌量やインスリンの効き目(インスリン抵抗性)に与える影響を検討した。細胞モデルを用いてPSが膵臓のインスリン産生細胞(β細胞)からのインスリン分泌をどのように変化させるか、また脂肪細胞でのインスリン抵抗性とどのように関連するかを検討した。次に病態モデルマウスや患者データベースを用いて、PSが糖尿病性腎臓病における腎機能低下や血糖コントロールとどのように結びつくのかを評価した。
まず、健康なマウスに5週間にわたって経口的にPS(50mg/kg/日)を投与し、血糖値やインスリン分泌への影響を観察した。その結果、体重や尿中アルブミン排泄量、腎組織へのダメージ指標に大きな変化は見られなかったものの、空腹時血糖が低下し空腹時インスリン値が上昇することを確認した。また、インスリン負荷試験ではインスリン抵抗性の増悪は認められず、一方で膵島組織の大きさが増加していたことから、PSが健常な膵β細胞からのインスリン分泌を促進し、腎不全患者で低血糖を引き起こす要因になり得ることを明らかにした。
次に、糖尿病モデルマウスにPSを投与すると尿中アルブミン排泄量の有意な増加や腎糸球体領域の拡大が観察された。同時に空腹時血糖の低下とともにインスリン分泌は増強、インスリン負荷試験では血糖値の低下が不十分でインスリン抵抗性が生じていることが明らかになった。糖尿病モデルマウス組織学的評価ではPS投与群の膵島が大きくなる一方、脂肪組織では脂肪細胞肥大が認められ、このような変化がインスリン抵抗性の一因であると考えられた。
腎機能が低下した患者ほどPSの蓄積に伴うインスリン抵抗性のリスクが高まる可能性
さらに、培養細胞を用いた遺伝子の働きやタンパク質の量の変化を調べた。PSが膵β細胞のインスリン分泌を促すメカニズムとしてDdah2遺伝子の発現上昇やAMPKサブユニット遺伝子の抑制を通じてインスリンの分泌経路を活性化していることを発見した。また脂肪細胞に対してはタンパク質に翻訳されないRNA(長鎖非コードRNA)の発現変動やErk1/2のリン酸化促進により、インスリン抵抗性に寄与していることが明らかになった。
次に腎機能が低下した糖尿病患者を非糖尿病患者、糖尿病患者の2群に分けて臨床データ解析を2つのコホートで行った。非糖尿病患者群ではPSと血糖値の指標であるHbA1cの間には負の相関が認められた。一方、糖尿病患者群ではその相関が不明瞭だった。しかし、PSとインスリン抵抗性指標の一つである尿中C-ペプチド/クレアチニン比(UCPCR)に有意な正の相関があることが判明した。これらの結果から、腎機能が低下した患者ほどPSの蓄積に伴うインスリン抵抗性のリスクが高まる可能性が示された。
PS過剰産生/蓄積抑制の治療がDKD・CKD血糖コントロール改善に結びつく可能性
今回の研究は、腸内細菌由来の尿毒素であるPSが腎臓の機能が低下すると臨床的に大きな血糖値の調節が乱れる仕組みを、糖尿病動物モデルと患者群の臨床データ解析の両面から明らかにした点で意義を持つ。今後はPSの過剰産生や蓄積を抑制する新規治療法がDKDやCKDにおける血糖コントロール改善に結びつくことが期待される。
「これらの知見を基盤として、腎不全患者の血液中のインスリンの濃度が異常に高い状態やインスリン抵抗性に対する新たな予防・治療戦略を開発する予定」と、研究グループは述べている。
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・東北大学 プレスリリース