肥満症、正確かつ継続的なデータベースの構築が課題
神戸大学は3月27日、日本肥満学会との連携によって、電子カルテから肥満症診療に関するデータを直接かつ自動的に抽出し、データセンターに送信・蓄積できるシステム「J-ORBIT」を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Diabetes Investigation」に掲載されている。

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肥満は、糖尿病、高血圧、心臓病に加え、膝や腰の障害などの整形外科的疾患、月経異常や不妊などの婦人科疾患、睡眠時無呼吸症候群、脂肪肝など、多様な疾患の発症基盤になることが知られている。肥満の改善は、個人の健康を守るだけでなく、医療費の削減や社会全体の健康向上という観点からも重要だ。
肥満による健康障害を適切に予防するためには、どの程度の肥満がどのような疾患リスクをもたらすのか、また、どの程度の減量が疾患リスクの軽減に寄与するのかといった情報が不可欠だ。しかし、こうした情報を明らかにするには、多くの患者を対象とした継続的な情報の収集が必要になる。
これまで、地域や職場における健康診断データや保険診療でのレセプト情報などの活用が試みられてきたが、得られる情報は限定的であり、収集されるデータの正確性に懸念が生じる場合も少なくなかった。
電子カルテから肥満症に関するデータを自動抽出するシステム「J-ORBIT」を開発
今回の研究では、日常診療で使用されている電子カルテから肥満症に関する情報を直接かつ自動的に抽出し、データセンターに送信・蓄積して様々な分析に活用できるシステム「J-ORBIT」を開発した。
日本では、大規模医療機関の電子カルテ情報は「SS-MIX2」と呼ばれる医療情報の保管システムに記録されている。このSS-MIX2に保管されたデータは、有用な医療ビッグデータとしてさまざまな活用が期待されている。ただし、SS-MIX2に保管されるのは、血液や尿などの検体検査データ、薬剤処方データなど、コード化された情報のみ。一方、患者の病歴、血圧や体重を含む身体診察の情報などはコード化されていないため、SS-MIX2には保管されない。また、病名はコード化されているが、電子カルテに記載される病名は基本的に保険償還のために記載されたものであり、患者の病態を正確に反映しないことがある。
こうした課題を解決するため、研究グループは肥満症診療専用のテンプレートを医療施設の電子カルテに導入した。このテンプレートでは、肥満症に関連する病歴や健康障害の有無をクリック形式で記録できる。また、体重、腹囲、血圧、脈拍などの身体診察情報も数値として入力可能だ。テンプレートに記録された情報は、電子カルテ内に文字情報として表示されると同時に、コード化情報としてSS-MIX2に記録される。
これにより、肥満症診療に関する情報と、通常SS-MIX2に記録される検体検査データや薬剤処方データを一元的に取り出し、匿名化した上でデータセンターに送信することが可能となった。このシステムによって、日々の診療で得られたリアルタイムのデータを活用したデータベースが構築されることとなる。
肥満の進行とともに増加する健康障害の数と種類が明らかに
研究グループは約1,200人の肥満症患者の情報を分析した。肥満症患者は平均して3.5個の肥満関連健康障害を抱えており、合併する健康障害の数はBMIが増加するにつれて増え、最大で10の健康障害を有する患者も確認された。
高尿酸血症/痛風、睡眠時無呼吸症候群/肺胞低換気、膝や股関節の変形性関節症などの整形外科疾患、肥満関連腎臓病といった疾患は、BMIが増加するにつれて合併率が高まることが明らかになった。また、BMIの上昇に伴い、家族に肥満者がいる割合や小児期の肥満歴を有する割合も増加した。
合併頻度が高い健康障害としては、2型糖尿病を含む耐糖能異常、脂質異常症、高血圧であり、60~80%の患者に合併を認めた。これらに次いで、女性では月経不順や不妊の合併率も高く60%以上だった。このようなデータは、肥満症で実際に診療を受けている患者の実態を調査したものとして例がなく、今後の治療薬の開発戦略などにおいても重要な示唆をもたらす情報だ。
データベースは肥満症の治療法・治療薬の開発にも有用
今回のデータベースシステム構築は、日本肥満学会との連携事業として実施されており、現在全国で肥満症を専門的に診療している7施設が参加し、約3,000人の肥満症患者の臨床データが日々蓄積されている。今後数年以内に施設数を20程度に拡大して肥満症患者1万人の登録を目指している。
現在、治療による減量の程度と健康障害の改善度に関する研究が進行中であり、これらのデータを通じて、どのような健康障害を有する患者がどの程度の減量を必要とするかについての知見が明らかになると期待される。加えて、肥満症治療薬を開発している企業との共同研究も行われている。
「近年、肥満症治療は大きな進展を遂げており、昨年には強い減量効果が期待できる新薬が発売された。今年もさらに強力な新薬が発売される予定であり、現在開発中の薬剤の中には20~25%もの減量効果が報告されているものもある。このように、肥満症治療が大きな変革期を迎える中で、今回のようなデータベースの開発は大きな意義を持つと考えられる」と、研究グループは述べている。
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・神戸大学 プレスリリース