対症療法が主流のDMD、エクソン・スキップ療法は治療対象限られる
東京科学大学は3月25日、新しい創薬モダリティとして注目を集めるメッセンジャーRNA(mRNA)医薬を用い、難治性筋疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療に成功したと発表した。この研究は、同大総合研究院生体材料工学研究所の位髙啓史教授(大阪大学感染症総合教育研究拠点兼務)、中西秀之助教、申育實研究員(大阪大学)、杜璇(Du Xuan)大学院生、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所の青木吉嗣部長、本橋紀夫室長、峰岸かつら室長、札幌医科大学保健医療学部の山田崇史准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Advanced Science」にオンライン掲載されている。

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DMDは、筋肉の構造維持に関与するジストロフィンタンパク質の異常や欠失により、筋組織の破壊や筋力低下が徐々に進行する遺伝性疾患。現在、根治的な治療法は存在せず、理学療法、装具、矯正手術などの対症療法が主流となっている。
近年、NCNPの青木らによって、変異を生じているジストロフィン遺伝子に対するアンチセンス核酸を用いたエクソン・スキップ療法が開発され、日本初の核酸医薬品であるビルトラルセンとして条件付き承認を受けた。しかし、エクソン・スキップ療法には、効果が特定の遺伝子変異に限定されるため、治療対象が限定されるという課題がある。
mRNAを体内に直接投与する「mRNA医薬」に着目、DMD筋症状への効果を検討
研究グループは、mRNAを体内に直接投与する「mRNA医薬」の研究開発を進めている。mRNA医薬は、新型コロナウイルスワクチンとして初めて実用化された新しい薬剤の形であり、投与するタンパク質を自由に設計できる特徴を持つ。この特性により、筋細胞の機能を高める作用が期待されるタンパク質を投与することで、DMDへの治療応用が期待されている。研究グループはすでにDMD関連疾患である自閉スペクトラム症に対して、mRNA医薬の脳室内投与する先行研究を実施し、症状改善に関する治療成果を得ている。今回の研究では、DMDの筋症状を対象として、mRNA医薬の有用性を検討した。
ミトコンドリア活性高めるPGC-1αのmRNA、ナノミセル型キャリアを用いたHLV法で導入
今回の研究では、DMDの筋症状を改善させる治療用タンパク質として、ミトコンドリアの合成や代謝活性を高める働きを持つタンパク質PGC-1αを用いた。ミトコンドリアは、細胞の活動に必要なエネルギー生成や細胞死(アポトーシス)の制御など、細胞の営みにおいて重要な役割を果たす細胞内小器官であり、この機能を高めることで筋症状の改善が期待される。
さらに今回の研究では、mRNAを標的の筋組織に広く投与する手法として、研究グループが独自に開発を進めてきた「ナノミセル型mRNAキャリア」を用いたハイドロダイナミクス(HLV)法投与を実施した。通常、mRNAワクチンの投与に使用される脂質ナノ粒子(LNP)は、投与部位に炎症を引き起こすため、疾患治療を目的としたmRNAの投与には適していない。一方、ナノミセル型キャリアを用いたHLV法では、炎症をほとんど引き起こすことなく、mRNAを標的の筋細胞に広範囲に届けることが可能だ。
PGC-1α mRNA投与のDMDマウス、細胞内シグナル活性化で1週間後の筋症状改善
今回の研究では、DMD疾患モデルマウス(mdxマウス)および野生型マウスを使用した。筋機能計測では、mdxマウスは過度の運動負荷により筋力が著しく低下し、顕著な組織傷害が見られるなど、DMDの病態を反映していた。
一方、PGC-1α mRNAをナノミセル型キャリアに内包し、HLV法で投与したDMDマウスを投与1週間後に評価した結果、生食投与群やコントロールmRNA投与群と比較して、運動誘発性の筋力低下が生じにくくなることが確認された。加えて、運動負荷後の筋組織傷害も有意に低下した。
また、投与後の筋組織の遺伝子発現解析では、ミトコンドリア活性の指標であるSirt1などの遺伝子群、筋活動に関連する遺伝子群(MyoD、Glut4など)、および筋肥大に関与する遺伝子(IGF-1など)の発現が増加していた。これにより、PGC-1α mRNAの投与が細胞内シグナルを活性化し、筋症状改善の治療効果をもたらしたと考えられた。
LNP用いた方法ではPGC-1α mRNAによる筋症状の明確な治療効果認めず
一方で、同じPGC-1α mRNAをLNPに内包し、HLV法で投与した場合、遺伝子発現解析では上記の遺伝子群の発現増加が確認されたものの、筋機能計測や組織学的評価において明確な治療効果は得られなかった。この結果から、LNPが引き起こす炎症反応が治療効果を妨げる要因として強く影響していることが示唆された。
難治性疾患の治療選択肢広げる一歩、mRNA医薬の新たな可能性も
mRNAは感染症ワクチンやがん治療用ワクチンとして世界的に活発な研究開発が進められており、コロナウイルス感染症ワクチンに続く新しいmRNAワクチンの開発が期待されている。一方で、治療用医薬品としての事例はまだ少なく、世界的にも研究開発の報告例は限られている。
今回の研究は、筋疾患に対してmRNAを投与し、明確な治療効果を示した世界初の成果であり、mRNAを疾患治療用医薬品として活用する新たな可能性を提示するものだ。適切な病態理解に基づき、それに対する治療因子を的確に選択し、さらに適切なmRNA投与法を組み合わせることで、mRNAの医薬品モダリティとしての可能性を一層高めることが期待される。
また、研究成果により、日本発の新しい難治疾患治療法の開発が進み、難治性疾患に苦しむ患者の治療選択肢を広げる大きな一歩となることが期待される。「製薬企業を含む研究開発体制を構築し、医学、原薬製造、DDS技術を融合させたmRNA創薬を進めている。今回の研究および先行研究で得られた、筋疾患や精神・神経疾患を対象としたmRNA医薬の開発基盤は、加齢変性疾患をはじめとする多くの疾病への創薬展開が期待されている」と、研究グループは述べている。
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・東京科学大学 プレスリリース