糖尿病でアルツハイマー病の発症リスクが上昇する原因は不明だった
広島大学は3月21日、膵臓の細胞からアルツハイマー病を抑制する因子が放出されることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医系科学研究科の小澤孝一郎教授および山口東京理科大学薬学部の細井徹教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS Nexus」に掲載されている。

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アルツハイマー病は、記憶力や思考能力が低下していく神経変性疾患で、最終的には親しい人の顔もわからなくなり寝たきりになるなど、重篤な認知機能の低下に至る。現在日本では79万人の患者がおり、根本的に進行を止めることのできる方法はない。アルツハイマー病の原因としては「アミロイドカスケード仮説」が知られており、脳内にアミロイドβ(Aβ)という異常なたんぱく質が凝集・蓄積し、神経細胞死を引き起こすと考えられている。
一方、糖尿病は、インスリンという血糖値を下げる働きをもつホルモンの分泌・作用不足によって血糖コントロールに問題が起き、血糖値が高くなる疾患で、日本に579万人の患者がいる。全身の血管や神経にダメージを与え、心臓病や腎臓病、失明のリスクが高まる。インスリンは膵臓β細胞という細胞から分泌されるため、膵臓β細胞の機能不全や膵臓β細胞死が糖尿病の一つの原因となる。疫学的調査の結果、糖尿病とアルツハイマー病の関係が指摘されており、糖尿病の患者はアルツハイマー病の発症リスクが上昇することが報告されている。しかし、糖尿病でなぜアルツハイマー病の発症リスクが上昇するかについて、詳細は明らかにされていない。
膵臓β細胞から熱感受性の神経保護因子が放出されると判明
研究グループは「膵臓β細胞から神経保護因子(神経細胞を守ったり修復したりする物質)が放出されており、それがアミロイドβからのダメージを防いでいるが、糖尿病により膵臓β細胞が疲弊し、神経保護因子が放出されなくなる結果、アルツハイマー病に罹患しやすくなるのではないか」と考え、膵臓β細胞から放出される神経保護因子の探索を試みた。
まず、膵臓β細胞から神経保護因子が放出されている可能性を明らかにする目的で、膵臓β細胞の培養上清を神経細胞に処置し、アミロイドβによる細胞死に及ぼす影響を検討した。その結果、膵臓β細胞の培養上清を処置した神経細胞では細胞死が抑制された。また、膵臓β細胞の培養上清を熱処理したサンプルを処理した場合、その神経保護効果が消失したことから、同神経保護因子は熱感受性であることが示された。なお同実験系において、膵臓β細胞より分泌されるインスリンは神経細胞死保護効果に関わらないことも確認された。
放出される神経保護因子は「FGF23」、脳神経の細胞死を抑制することを発見
そこで次に神経細胞死保護効果に関わる新規因子を明らかにする目的で、保護効果を示した神経細胞における網羅的なmRNA発現解析を行った。その結果、タンパク質の翻訳に関わるリボソーム関連因子が膵臓β細胞の培養上清を処置することで増加することが明らかになった。実際に膵臓β細胞の培養上清を処置した神経細胞においてタンパク質の翻訳活性を測定したところ、翻訳活性の増加が確認された。
神経保護効果を示す膵臓β細胞由来の因子を遺伝子発現データベースで検討したところ、その候補としてFibroblast Growth Factor 23(FGF23)が明らかになった。FGF23は膵臓β細胞より放出され、神経細胞の翻訳活性を上げ、Aβによる神経細胞死を抑制することが明らかになった。以上より、膵臓のβ細胞が神経保護因子であるFGF23を分泌し、脳神経の細胞死を抑制し、アルツハイマー病を軽減できる可能性があることが明らかになった。
末梢組織に注目することが、新たな神経変性疾患の治療戦略解明につながる可能性
現在までに、神経保護因子の多くは脳の中に存在することが発見され特定されてきたが、今回の研究により、末梢組織である膵臓のβ細胞からも神経保護因子が放出されることが明らかになった。
「今後は今回の例で見られるように、末梢組織にも注目して研究を進めることで、新しい神経保護因子・神経変性疾患治療戦略の解明に役立てるものと思われる」と、研究グループは述べている。
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