全国47都道府県の健康状態を30年間にわたり包括的に分析
慶應義塾大学は3月21日、全国47都道府県の30年間の健康傾向を包括的に分析した結果、平均寿命と健康寿命の差の拡大や地域間の健康格差などが明らかになったと発表した。この研究は、同大グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の野村周平特任教授らの研究グループと、米国ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)の国際共同研究によるもの。研究成果は、「Lancet Public Health」にオンライン掲載されている。

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日本政府が推進する「健康日本21」は、第1次計画で個人の健康管理支援を重視し、第2次計画では社会環境の整備による「健康格差の縮小」を掲げてきた。そして、2024年度から始まった第3次計画では、「誰も取り残さない」健康づくりを目指し、社会環境のさらなる整備が進められている。
今回の研究では、1990年から2021年までの日本の健康状態の変遷を包括的に分析した。これは、世界最長寿国の一つである日本の30年間の健康状態変化を都道府県レベルで分析した前例のない取り組みだ。
「世界の疾病負荷研究(GBD:世界中の人々の健康状態を包括的に評価する国際的な研究プロジェクト)2021」のデータを用い、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む371の疾病・傷害および88のリスク要因について、全国および各都道府県における各種健康指標の推移を詳細に評価した。
日本の平均寿命は過去30年で5.8年延伸、健康寿命との差は拡大
日本の平均寿命は、1990年の79.4歳から2021年には85.2歳へと5.8年延伸した。健康寿命は1990年の69.5歳から2021年には73.8歳へと4.4年延伸したが、平均寿命と健康寿命の差(つまり、何らかの健康問題を抱えて生活する期間)は、9.9年から11.3年へと拡大していた。男女別では、この差は女性で11.1年から12.7年に、男性で8.7年から9.9年に拡大しており、いずれも増加傾向にあり、「健康な長寿」の実現が重要な課題であることが明らかになった。
47都道府県間の健康格差が拡大、男性で顕著
都道府県間の平均寿命の格差は、1990年の2.3年から2021年には2.9年に拡大した。女性の格差が2.9年から2.6年に縮小したのに対し、男性では3.2年から3.9年に拡大した。健康寿命の格差も1.8年から2.3年に拡大していた。
年齢調整死亡率(人口の年齢構成の違いを考慮して補正した死亡率)は、1990年から2021年に41.2%減少したが、その減少率には都道府県差があり、最大49.0%、最小29.1%と開きが見られた。年齢調整したDALYs(早期死亡や障害によって失われた健康的な生活年数)の率も24.5%減少したが、都道府県間での減少率には最大27.7%、最小19.6%と差があった。
認知症が主要死因の第1位に浮上
2021年の主要死因は、アルツハイマー病を含む認知症(10万人あたり135.3人)、脳卒中(114.9人)、虚血性心疾患(96.5人)、肺がん(72.1人)、下気道感染症(62.3人)だった。平均寿命の延伸は、脳卒中(1.5年)、虚血性心疾患(1.0年)、がん(1.0年)、下気道感染症(0.8年)の死亡率低下に主に起因し、これらが7割以上を占めた。
GBDで分類される140種類の死因の中で、認知症は1990年の6位から2021年には1位へと上昇した。認知症は、疾病負荷(DALYs)も2015年から2021年にかけて人口あたり約2割増加しており、予防・ケア体制の整備が急務であると考えられた。
主要疾病の死亡率低下が鈍化、糖尿病は悪化傾向
年齢調整死亡率の年率換算変化率(一定期間の指標の変化を年ごとの平均変化率として表す指標)は、1990~2005年の-2.0%から2015~2021年には-1.1%へと減少幅が縮小した。脳卒中や虚血性心疾患も同様の傾向を示していた。また、年齢調整DALYs率の減少ペースも鈍化し、1990~2005年の-1.0%から2015~2021年には-0.5%に低下した。特に、糖尿病の年齢調整DALYs率は悪化しており、2005~2015年の0.1%から2015~2021年には2.2%へと増加した。
高血糖や肥満が深刻化
GBD2021で評価した88のリスク要因は、2021年の全死亡の41.9%に寄与していた。このうち、代謝リスク(高血圧など)が24.9%、行動リスク(喫煙、不健康な食事など)が21.6%、環境・職業リスクが9.1%を占めた。高血糖や高BMI(過体重・肥満)によるDALYs率の悪化も顕著で、高血糖の年率換算変化率は2005~2015年の-0.8%から2015~2021年には0.8%へ、高BMIは1990~2005年の-0.3%から2015~2021年には1.4%へと悪化した。
COVID-19の影響は限定的、一方で精神疾患は悪化
COVID-19による死亡は、2020年で全死亡の0.3%(10万人あたり2.7人)、2021年には1.0%(10万人あたり11.7人)を占めた。COVID-19によるDALYsは2021年で10万人あたり190.2年(全DALYsの0.6%)と、世界平均(2,686.6年)や高所得国平均(2,058.9年)と比べ低水準だった。一方、2019~2021年のパンデミック前後で精神疾患によるDALYsは悪化し、特に若年層(10~54歳)において増加が顕著だった。この年代では、女性が15.6%、男性が9.0%の増加を示し、特に若年女性への影響が大きかった。
新たなエビデンスが戦略的政策立案の基盤を築く
今回の研究は、日本の健康指標が長期的に向上している一方で、その改善ペースが鈍化していること、また地域間の健康格差が依然として解消されていないことを明らかにした。さらに、認知症や糖尿病の増加、肥満やメンタルヘルスの悪化が顕在化しており、平均寿命と健康寿命の差も拡大していた。こうした状況を踏まえ、国や各地域における疾病負荷の軽減を目的とした保健活動(ヘルスプロモーション)の推進や、社会環境の整備が、これまで以上に求められる。
「本研究で得られたエビデンスは、保健医療・社会政策のさらなる発展に貢献するものだ。また、日本の健康課題に関する知見は、高齢化が進む諸外国からも大きな関心を集めている。このような評価を今後も積極的に行い、発信していくことで、広く国際社会に貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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