適切な治療がないと死に至る疾患、遺伝子変異の早期検出が重要
東京慈恵会医科大学は3月12日、核酸医薬スプライシング制御オリゴヌクレオチド(SSO)を活用し、遺伝性疾患である小児難病シトリン欠損症に対する新たな治療法の開発に成功したと発表した。この研究は、同大小児科学講座の今川英里特任講師、大石公彦講座担当教授、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のJin Rong Ow博士、Keng Boon Wee博士、米国マウントサイナイ医科大学のErnesto Guccione博士らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Hepatology」に掲載されている。

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シトリン欠損症は、肝臓の尿素サイクルおよびエネルギー代謝に関与するシトリンタンパク質の機能低下により発症する、日本人に多い指定難病である。シトリン欠損症は新生児期からの肝内胆汁うっ滞、低血糖、脂質異常症、炭水化物やアルコール摂取を嫌う食癖を生じ、さらに成人期では重篤な高アンモニア血症や意識障害により、適切な治療がされない場合は死に至る疾患である。そのため発症の原因であるSLC25A13遺伝子変異を早期に検出し、患者を特定することが重要である。
研究グループは、尿素サイクル異常症の8疾患(OTC欠損症、NAGS欠損症、CPS1欠損症、シトルリン血症1型、ASL欠損症、高アルギニン血症、HHH症候群、シトリン欠損症)の原因となる遺伝子に対し、深部イントロン変異を効率よく検出する遺伝子パネル開発を試みた。
深部イントロン変異検出可能なアルゴリズム開発、SLC25A13の潜在的スプライスサイト特定
今回の研究において、尿素サイクル異常症を引き起こす8つの遺伝子(OTC、NAGS、CPS1、ASS1、 ASL、ARG1、SLC25A15、SLC25A13)に対し、非コード領域を含む全配列を対象とした病的変異の網羅的検出アルゴリズム「Prune」が開発された。
対象となる11人のサンプルを用いたPruneのシーケンス解析では、平均深度817×を達成し、従来の全ゲノム解析(深度20×〜40×)に比べて、格段に高精度なデータを取得した。SpliceAIを用いたスプライシング異常の網羅的予測機能を搭載し、ClinVarおよびgnomADの遺伝子変異データベースに存在する、SLC25A13深部イントロン領域内の潜在的なスプライスサイト215か所を特定した。
新たなSSO治療の標的となり得る新規の変異検出に成功
「Prune」と患者血液検体のmRNA解析を用いることで、従来の手法では病原性評価が困難であった深部イントロン変異c.469-2922G>Tを、シトリン欠損症患者3人において同定した。この変異が、SLC25A13 mRNA内のエクソン5とエクソン6の間に偽エクソンを挿入するスプライシング異常を引き起こすことで、シトリン欠損症を発症させることを証明し、新たなSSO治療のターゲットとなる可能性を示した。
23種類のSSO設計、尿素合成やアンモニア解毒機能の障害改善を患者由来iHeps用いて確認
そこで、SLC25A13変異c.469-2922G>Tに対する核酸医薬SSOの開発と有効性・安全性評価が行われた。複数の化学修飾(Phosphorothioate、2′-OMe、2′-MOE、LNA、GalNAc)といくつかのRNA配列の組み合わせを用いて、合計23種類のSSOを設計した。
患者由来iPS細胞から作製した肝細胞(iHeps)を用いた機能評価を実施し、SSOが正常なSLC25A13のmRNAおよびシトリンタンパク質の発現が回復することを確認した。iHepsおよびminigeneベクターを用いた解析により、シトリン欠損症の病態である尿素合成やアンモニア解毒機能の障害を、SSO投与が改善させることを明らかにした。GalNAc修飾を施したSSOは、特に高い治療効果を示した。
マウス用いた安全性評価も実施、肝毒性や炎症は認めず
2種類の用量(25 mg/kgまたは50 mg/kg)のSSOを、変異を含むminigeneベクターを注入したマウスに頻回投与したところ、それらによる安全性の指標となる急性の肝毒性や炎症は認めなかった。
SSO治療の臨床試験を見据え、マウスモデルでの詳細な評価を進める予定
従来の検出法では見つけることができない変異を持つ尿素サイクル異常症の患者が多く存在し、確定診断が困難であることが知られている。こうした患者に対し、Deep-intronic遺伝子パネル「Prune」を活用することで、迅速かつ正確な遺伝子診断の実現を目指し、社会的基盤の整備を進める。「シトリン欠損症に関しては、c.469-2922G>T変異を有する患者へのSSO治療の臨床試験を見据え、マウスモデルを用いた詳細な臨床有効性・安全性・免疫毒性の評価を進めていく」と、研究グループは述べている。
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・東京慈恵会医科大学 プレスリリース