脊髄損傷、後遺症の克服が大きな課題
横浜市立大学は3月13日、低分子化合物「エドネルピクマレイン酸」が脊髄損傷後の麻痺に対するリハビリテーション効果を大きく促進することを、霊長類の脊髄損傷モデル動物で証明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科・生理学の高橋琢哉教授、東京都医学総合研究所・脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Brain Communications」に掲載されている。

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日本では年間5,000人が新規に脊髄損傷を負い、患者総数は約15~20万人と推定されており、脊髄損傷患者の多くは後遺症による身体的・社会経済的困難に苦しんでいる。四肢の麻痺をはじめとする脊髄損傷後遺症からの回復を目指し、これまで数多くの基礎研究や臨床治験が行われてきたが、依然として脊髄損傷による後遺症は克服されていない。
脳卒中による麻痺からの回復を促す「エドネルピクマレイン酸」
近年、脊髄損傷からの回復過程で、脊髄の司令塔である脳の可塑的変化を伴うことがモデル動物研究で明らかにされてきた。この脳の可塑的な変化は、グルタミン酸受容体の一種であるAMPA受容体が、外部からの刺激や学習・経験に依存して、神経細胞同士を結ぶシナプスの後膜に移行すること(トラフィッキング)によって引き起こされる。
研究グループは、2018年に富士フイルム株式会社と共同で、低分子化合物エドネルピクマレイン酸(edonerpic maleate)が、AMPA受容体のシナプス後膜への移行を促進することを証明し、エドネルピクマレイン酸が脳卒中後の麻痺からの回復をリハビリテーション依存的に大きく促進することをげっ歯類・霊長類モデルで示した。
エドネルピクマレイン酸の効果を霊長類の脊髄損傷モデルで検証
今回の研究では、先行研究に基づき、AMPA受容体シナプス移行促進作用を持つエドネルピクマレイン酸が、脳の可塑的変化を促すことによって脊髄損傷後の麻痺からの回復を促進できると考え、その検証を行った。
実験では、ニホンザルにエサを課題装置から手指を使ってスムーズに取ることを約1か月間学習させ、学習が成立した時点で頸髄に部分的な損傷を与えた。頸髄に部分的な損傷が起きると、エサを課題装置から手指を使ってスムーズに取ることができなくなり、麻痺が生じたと考えられた。この頸髄損傷モデルのニホンザルに、エドネルピクマレイン酸または溶媒(プラセボ)を投与して、課題装置からエサを取るリハビリテーションを施した。
エドネルピクマレイン酸により脊髄損傷後の運動機能が改善
その結果、エドネルピクマレイン酸を投与した群では、投与しなかった群と比較して手指の細かな動きが改善し、課題装置からエサを取る成績が大きく回復した。また、皮質内微小電気刺激法によって大脳皮質運動野におけるそれぞれの体部位支配領域のマッピングを行ったところ、エドネルピクマレイン酸投与群では、プラセボ群と比較して、巧緻運動を担う上肢遠位筋の大脳皮質の領域が広くなっていた。これらの結果から、エドネルピクマレイン酸は大脳皮質の可塑的変化を誘導し、脊髄損傷後の麻痺からの回復を促進すると考えられた。
脊髄損傷に対する新たな機能回復療法となる可能性
今回の研究によって、低分子化合物であるエドネルピクマレイン酸は、脳卒中モデル動物だけでなく脊髄損傷モデル動物においてもリハビリテーション効果促進作用を持つことが証明された。
「エドネルピクマレイン酸は、すでに脳卒中後遺症患者に対して臨床試験(治験)が進められてきたが、今後は脊髄損傷後の運動麻痺を呈する患者を対象とした治験実施も期待される」と、研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース