生涯のいつの時期の運動実施がMCIや老年期うつ病の予防に有効かは不明だった
順天堂大学は3月6日、東京都文京区在住の高齢者約1,600人を対象とした観察研究により、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者では軽度認知障害(MCI)のリスクが低く、また少なくともどちらかの時期に運動習慣がある高齢者では老年期うつ病のリスクが低いことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科スポートロジーセンターの大学院生 石薈聡氏(博士後期課程4年)、健康総合科学先端研究機構の田端宏樹特任助教、スポートロジーセンターの田村好史センター長補佐/スポーツ医学・スポートロジー教授、河盛隆造センター長/特任教授、綿田裕孝副センター長/代謝内分泌内科学教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in aging neuroscience」および「Frontiers in public health」のオンライン版に掲載されている。

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2016年発行の世界精神保健調査によると、日本における認知症やうつ病を含む精神疾患の生涯有病率は22.9%と報告されており、約5人に1人が生涯に一度は罹患する身近な疾患である。2022年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、要介護の原因疾患の第一位は認知症の23.6%だった。MCIは認知症の前段階であり、MCIと診断された人の約10~15%が認知症を発症する。一方、老年期うつ病は自殺念慮や認知症の進行や発症と関連する。よって、MCIや老年期うつ病の予防は介護予防の観点から極めて重要だ。
これまでの研究で、運動がMCIや老年期うつ病の予防や改善に有効であると示されていたが、生涯のいつの時期の運動実施が高齢期の認知機能の維持やMCIや老年期うつ病の予防に、より有効であるかは十分に解明されていなかった。青年期の運動は、脳の認知記憶領域(特に海馬)の増大や脳神経ネットワークの強化を促し、認知予備能を高める。また、加齢や病理学的変化に適応するための神経可塑性をもたらし、ストレス応答の改善を通じて、うつ病のリスクも低減する。一方、高齢期の運動は神経栄養因子の増加、血流改善、神経可塑性の促進、炎症抑制を通じて、認知機能の低下や老年期うつ病を予防・改善する。よって、中学・高校生期と高齢期での運動実施が認知機能低下や老年期うつ病の予防により有効であると推察されていた。そこで研究では、都市部在住高齢者約1,600人の観察型コホート研究のデータを用いて、中学・高校生期および高齢期の運動習慣とMCIおよび老年期うつ症状との関連について検討した。
都市部在住高齢者約1,600人対象の観察型コホート研究データを解析
東京都文京区在住の高齢者を対象とした観察型コホート研究「Bunkyo Health Study」(文京ヘルススタディー)の開始時調査に参加した65~84歳の高齢者1,629人(男性687人、女性942人)の測定データを用いて解析を行った。モントリーオール認知機能評価日本語版(MoCA-J)、老年期うつ病評価尺度(GDS-15)日本語版を用いて、MCIと老年期うつ症状を評価し、質問紙により中学・高校生期および高齢期の運動習慣を調査した。中学・高校生期と高齢期(現在)の運動習慣の有無の組み合わせで4群に分け、MCIおよび老年期うつ病の有病率を比較した。
中学・高校生期と高齢期の両時期に運動習慣がある高齢者はMCIリスクが低い
その結果、中学・高校生期と高齢期の両方で運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べてMCIのオッズ比が0.62倍低いことが示された。また、中学・高校生期のみ、高齢期のみ、あるいは両時期に運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べて老年期うつ症状のオッズ比が男女とも低いことが示された。具体的には、男性では、中高なし高齢期あり群オッズ比0.48、中高あり高齢期なし群オッズ比0.51、中高あり高齢期あり群オッズ比0.45、女性では中高なし高齢期あり群オッズ比0.63、中高あり高齢期なし群オッズ比0.59、中高あり高齢期あり群オッズ比0.63だった。
若い頃にスポーツの機会を増やしていくことが将来の健康長寿社会の創出につながると期待
研究では、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動することによりMCIのリスクを、中学・高校生期と高齢期どちらかあるいは両方の時期に運動することにより老年期うつ病のリスクを低減できる可能性が明らかになった。興味深い点は、高齢期の運動だけでなく、数十年前の中学・高校生期の運動が高齢期の精神的な健康の維持に関連している可能性を示している点である。昨今、少子化が進むなか、部活動の運動部員数が減少傾向にあり、スポーツをしたくても部活がない時代がくるのではないかと危惧されている。実際にスポーツ庁の調査では2009年~2018年の間に中学生の運動部活動所属者が約13.1%減少したと報告されている。「研究成果は、若い頃の運動の長期的な意義を示唆しており、若い頃に参加しやすい運動やスポーツの機会を増やしていくことが将来の健康長寿社会の創出につながると期待される。また、中学・高校生期と高齢期の運動がMCIと老年期うつ病を代表とした精神機能に良い影響を与えうることが示唆されたが、それぞれの時期にどのような運動をどれくらい行うことが必要かなど、まだ不明の点が多く残されており、今後さらなる研究を進めていきたい」と、研究グループは述べている。
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