胎児期・発達期の慢性炎症ストレスによる小脳機能異常や精神疾患への寄与、機序不明
京都大学は3月5日、妊娠期のウイルス感染症と、出生後の社会的敗北ストレスによる相乗作用でミクログリアの反応性が変化して、小脳機能を低下させることを見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科創薬医学講座の彦坂桃花博士課程学生、Md Sorwer Alam Parvez研究生(研究当時、現・アラバマ大学大学院生)、山脇優輝博士課程学生(研究当時)、および大槻元特定教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。

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小脳は哺乳類の脳後部に位置し、動物の運動やバランスに重要な働きを持つ脳部位である。また、運動学習と呼ばれる無意識の反射運動にも関与している。しかし近年では、小脳は単に運動機能だけにかかわるのではなく、さまざまな脳部位と協調して活動することで、発音・発話、体性局在、方位選択性、課題遂行、注意、作業記憶、視覚応答、数学的思考、恐怖、感情、報酬学習など、さまざまな機能を持つ高次な脳機能を担うことが知られている。このような小脳の高次機能は、大脳皮質などとの連携した活動として行動に表れると考えられる。同研究グループは先行研究により、小脳で細菌感染が関わる急性炎症が起こると、神経細胞の可塑性が誘導されて脳の過興奮が起こり、鬱様症状や自閉症様症状が起こることを示していた。しかし、妊娠・発達期の慢性炎症による小脳機能異常や精神疾患への寄与に関してはその機序が未解明だった。また、妊娠期の感染症罹患と出生後の社会的ストレスが、性差による違いを伴って、精神疾患リスクを高めることは疫学的に知られていたが、その神経・免疫系に関する生理学的メカニズムは十分に解明されていなかった。
母体免疫活性化+発達期に反復社会的敗北ストレスを与えることで雄雌のモデルマウス作製
そこで今回の研究では、妊娠期のウイルス感染症を模倣した母体免疫活性化と、発達期に社会的敗北ストレスを繰り返し与えることで、2HIT精神疾患モデルマウスを雄と雌の両性別で作製した。母体免疫活性化は、妊娠中の母親がウイルスや微生物による感染症に罹患した際に、その免疫システムが反応して過剰な炎症を引き起こすこと。このような炎症反応が、胎児の神経発達に悪影響を及ぼす可能性があり、結果として自閉症や統合失調症などの神経発達障害のリスクが高まることが示唆されている。反復社会的敗北ストレスは、繰り返し受ける社会的な敗北や劣位の状況が引き起こす心理的および生理的なストレス。特に社会的な地位の低下や人間関係における繰り返しの敗北経験が、ストレス反応を引き起こし、心身に悪影響を及ぼし、うつ病や不安障害の発症に関係していることが示されている。動物実験では、慢性的なストレスが蓄積され、脳の構造や神経伝達に変化をもたらし、最終的に行動や認知機能に異常が生じることが示唆されている。
2HITモデルマウス、ミクログリアの反応性変化、小脳機能低下、行動異常示す
作製した2HITマウスでは、特に小脳においてミクログリアの数とそのターンオーバーが増加していることが確認できた。また、超多重抗体染色によって「ストレス関連ミクログリア」と呼ばれる新たなミクログリア分画を発見した。さらに、小脳の神経細胞が脱落していること、小脳の神経細胞の活動電位発火が半減していること、そして生きた動物の脳全体の活動を非侵襲的に調べることで小脳が関わる機能回路が低下していることも見出した。動物の社交性や自由探索行動、不安様行動を網羅的に調べた結果、雄と雌のストレスマウスの広範な行動異常が見られ、特に雌の方が高いストレスレジリエンスを示すこともわかった。
小脳ミクログリア抑制で精神疾患様行動動異常が回復
これらの精神疾患様行動異常に関わる小脳機能の低下は、ミクログリアを小脳特異的に抑制することで回復させることができることもわかった。この成果は、小脳機能低下が動物の発達障害様行動異常に関与することを示し、ミクログリアの置換によって症状を改善できることを示すものである。
今後、ミクログリアの細胞障害性をより安全に低下させ精神疾患様行動や学習異常改善を目指す
精神疾患への関連が示唆されてきた小脳に着目し、慢性炎症ストレスによる疾患機序解明と予防・回復を実践することで、発達障害に苦しむ多くの患者の社会的理解を深めることができると考えている。また、研究グループが同定している2HITマウス脳のストレス関連免疫細胞が、精神疾患だけではなく認知症などの神経変性疾患の症状進行にも寄与する可能性もある。これらの点を踏まえ、小脳機能に焦点を当て、雄雌両性で、さまざまな発達期ストレス条件で追求したことが今回の研究の意義となっている。また、複合ストレスによって発症する精神疾患の分子変容や、性別間でのレジリエンスの違いとミクログリアの関与への理解も進展させた。特に、性別依存的な2HITマウスのストレスレジリエンスの発見は世界初であり、性ホルモンによるレジリエンス機序解明にも繋がると期待される。さらに、ヒト疾患とモデルマウス脳の空間プロテオミクス解析を精神疾患領域に導入することで、マーカータンパク質同定などの新たな知見が得られた。今後は、ミクログリアの細胞障害性をより安全に低下させ、精神疾患様行動や学習異常を改善させることを目指す、と研究グループは述べている。
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・京都大学 プレスリリース