多くのがん関連タンパク質の安定化に関与するHSP90、胃がんとの関係は未解明
浜松医科大学は2月12日、胃がんにおけるHSP90阻害剤の抗腫瘍メカニズムの一端を明らかにしたと発表した。この研究は、同大腫瘍病理学講座の吉村克洋助教ら、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Letters」に掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
胃がんは胃の粘膜が何らかの原因でがん化したもので、日本では罹患数や死亡数で第3位の重要ながんの一つである。手術が困難な胃がんに対する治療として、抗がん剤、特定の分子を標的とする分子標的治療、さらに最近は新たな治療として、免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法などが使用されている。また、胃がんを取り巻く数多くの免疫細胞や間質細胞が複雑に構成する腫瘍免疫微小環境が重要であり、腫瘍免疫をどう調整・変化させていくのかが、今後のがん治療に重要であることがわかってきている。現在でも、進行期胃がんの中には、既存の治療で効果がうまく得られない症例や、治療中に耐性を示す症例も少なくない。さらなる治療方法の開発、腫瘍免疫環境の解明が望まれている。
また、熱ショックタンパク質90(Heat Shock Protein 90:HSP90)は、多くのがん関連タンパク質の安定化・機能の維持に関係する重要な分子であり、その阻害によるがん治療の可能性が期待されている。しかし、HSP90が胃がんにおいて果たす役割や、腫瘍免疫微小環境への影響については十分に解明されていない。そこで、今回の研究では、HSP90阻害剤の一つであるAUY922を用いて、胃がん細胞に対する効果、さらに、胃がんの腫瘍免疫微小環境に与える影響について検討を行った。
HSP90阻害剤「AUY922」、YAP1/TEAD経路阻害介し胃がんモデルに強力な抗腫瘍効果
胃がん細胞株、および、同所性移植PDXモデルを用いて、HSP90阻害剤「AUY922」の効果について多面的に評価をしたところ、胃がんに対して強力な抗腫瘍効果を示すことが明らかになった。さらに、胃がんにおける主要ながんシグナル経路であるYAP1/TEAD経路において、標的分子の遺伝子・タンパク質発現の低下、TEADを介した転写活性の低下、さらに、YAP・TEAD・HSP90間の相互作用の減少などが確認された。これにより、HSP90阻害剤の抗腫瘍効果は主にYAP1/TEAD経路を介して発揮されることが初めて明らかになった。
HSP90阻害剤により腫瘍免疫微小環境がより抗腫瘍的・炎症性に改変
胃がん細胞株と胃がん患者血液由来の末梢血単核球を用いた共培養実験、および、同種腫瘍移植マウスモデルを用いた解析により、HSP90阻害剤は抗腫瘍免疫を促進することが示された。細胞障害性T細胞の活性化、細胞傷害性エフェクター分子の増加、腫瘍関連マクロファージの極性変化、MHCクラスI分子の発現増加など、腫瘍免疫微小環境がより抗腫瘍的・炎症性に改変されることがわかった。さらに、胃がんにおいてHSP90阻害剤とPD-1阻害剤の併用により、相乗的な抗腫瘍効果と腫瘍免疫応答性の増強が初めて証明された。
免疫チェックポイント阻害剤との併用が有効である可能性も示唆する知見
今回の研究により、胃がんにおけるHSP90阻害剤の顕著な抗腫瘍効果が証明された。これにより、HSP90が進行期胃がんの新たな治療標的となる可能性が示唆される。さらに、HSP90阻害剤の中には、既に臨床試験での使用が確認されている薬剤もあり、今後、速やかにさらなる臨床試験での実証が期待される。
また、今回の研究ではHSP90阻害の直接的な抗腫瘍効果に加え、腫瘍免疫微小環境を調整し、本来備わっている内在性免疫細胞を活性化させる作用が示された。これは、現在広く使用されている免疫チェックポイント阻害剤との併用療法が有効である可能性を示唆する重要な知見である。近年、医療の進歩により進行胃がん患者の生命予後は延長しつつあるが、今回の研究の成果は長期にわたる胃がんの治療シーケンスにおいて、新たな治療選択肢を提供する可能性がある。「今後は、肺がんを含む他のがん種においても、HSPやYAP1/TEADシグナル経路、および、腫瘍免疫微小環境に着目した研究を進め、新たな治療戦略の可能性について検討していく予定」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・浜松医科大学 ニュース