ひきこもりの定義の使い分けや意義についてはほとんど議論されていなかった
筑波大学は2月7日、ひきこもりとされる人は用いられる基準によって大きく異なることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学医療系の太刀川弘和教授、茨城県立こころの医療センターの小川貴史医長、東洋学園大学の相羽美幸教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Psychiatry and Clinical Neurosciences」に掲載されている。

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近年、社会的ひきこもり状態(ひきこもり)は、精神医学と社会的孤立の両分野で注目されるようになってきた。内閣府「若者の生活に関する調査報告書」(2016年9月)によると、日本国民の約1.5%がひきこもりと定義されており、最近の調査では、ひきこもりの数は170万人を超えていると報告されている。これらの報告は、ひきこもりを支援する全国的な取り組みの必要性を示唆しているが、ひきこもりをどのような特徴で定義するかについては、これまであまり議論されてこなかった。
ひきこもりの定義に使われる主な基準は2つある。政府調査の社会的ひきこもりの基準と、近年精神医学領域で提唱され、普及しつつある基準(病的ひきこもり、非病的ひきこもり)だ。それぞれの基準には3つの主要項目があり、そのうち「自宅での著しい社会的孤立」「継続的な社会的孤立が6か月以上」という2つの項目は両者に共通だが、病的ひきこもりに関する項目「社会的孤立による重大な機能障害や苦痛」は、政府調査の社会的ひきこもりの基準と精神医学基準の非病的ひきこもりにはなく、また、政府調査の社会的ひきこもり基準では、病気や妊娠、介護などの事情があってひきこもる人は除外されている。しかし、これら2つの基準で同時にひきこもりの有病率を推定した調査はなく、既存の基準の根拠を再考し、定義の使い分けや意義について検討する必要がある。
茨城県笠間市住民の病的ひきこもり、非病的ひきこもり、社会的ひきこもりの数を算出
そこで研究グループは今回、ひきこもりに対する2つの基準について、それぞれの基準を満たす人口の実際の割合を明らかにするとともに、各基準で定義されたグループ間の重複と相違を明確にすることを目的とし、両方の基準を用いて調査を行った。
2024年2月から3月にかけ、茨城県笠間市の住民(男女各2,000人)を対象に郵送質問紙調査を実施。回答結果から、精神科基準の「病的ひきこもり」「非病的ひきこもり」および政府調査基準の「社会的ひきこもり」の3つのグループに該当する住民の人数をそれぞれ算出した。また、笠間市のひきこもり数を正確に推計するために、年齢、性別をもとに加重集計を行った。
社会的ひきこもり4,239人、非病的ひきこもり8,972人、病的ひきこもり5,096人と推計
有効回答は1,137件、回答率は28.4%だった。各グループの関係は、病的ひきこもりと分類された57人のうち、21人が政府調査の社会的ひきこもりにも分類された。また、非病的ひきこもりと判定された201人のうち、59人が政府調査の社会的ひきこもりと分類され、社会的ひきこもりは、病的ひきこもり、非病的ひきこもりのいずれにも含まれた。人口構成による推計により、笠間市(人口約7万3千人)では、4,239人が政府調査基準の社会的ひきこもり、8,972人が精神科基準の非病的ひきこもり、5,096人が精神科基準の病的ひきこもりに該当すると推計された。
定義や母集団の特徴の違いや不正確な定義により誤った解釈や比較が起こる可能性
定義や母集団の特徴の違いが明確に理解されなければ、ひきこもりについて誤った解釈が起こる可能性があると考えられる。また、他の市町村が実施した調査において、政府調査とは異なるひきこもりの定義が用いられているケースも多く、調査結果の解釈や比較には注意が必要であることがわかった。
ひきこもりを過度に医療化せず、精神保健福祉の観点から多角的な評価を行うことが重要
病状が長期化した場合に生じる可能性のある二次的障害や、発達障害を含む精神状態の鑑別には、医学的介入が必要であり、当事者への適切なサポートのためには、医療を含めた支援の必要性の調査を検討する際に適切な基準を選択することが不可欠だ。したがって、ひきこもりの基準を作成する目的を再考し、継続的に議論することが求められる。
「ひきこもりが診断名ではなく状態像であることを理解し、ひきこもりの概念を過度に医療化せず、同時に精神状態を正しく評価し、精神保健福祉の観点から多角的に対応することの認識も重要だと考えられる」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 プレスリリース