飲酒は喫煙と並ぶ食道がんのリスク
京都大学は2月14日、飲酒により食道がんが多発するメカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の近藤雄紀特別研究学生、医学部附属病院の大橋真也特定准教授、医学研究科の武藤学教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Gastroenterology」にオンライン掲載されている。

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食道がんは予後不良な難治性がんで、扁平上皮がんと腺がんが2大組織型だ。世界では、扁平上皮がんが最も多く、日本では扁平上皮がんが約90%を占めている。世界保健機関(WHO)は、食道扁平上皮がんのリスク因子として、アルコール摂取と喫煙をあげている。また、WHOの下部組織である世界がん研究機関(IARC)は、アルコール飲料に含まれるエタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドを明らかな発がん物質としている。
アルコール飲料中のエタノールは体内で有害なアセトアルデヒドとなった後、ALDH2という酵素により無害な酢酸に代謝されるが、このALDH2には遺伝子多型とよばれる変異型のALDH2が存在し、日本人を含むアジア人の20~40%にこの遺伝子変異があるとされている。ALDH2機能の低い体質の人が飲酒すると体内のアセトアルデヒド濃度が上昇し、長期にわたり飲酒を続けると、咽頭や食道にがんが発生することが疫学的に示されている。また、咽頭や食道に扁平上皮がんが多発することは50年以上前から「フィールドがん化現象」として知られており、治療で根治しても別な部位に再発をきたすため予後を悪化させる原因となる。
飲酒によって食道がんが多発するメカニズムはわかっていない
食道道扁平上皮がんでは、がん抑制遺伝子であるTP53遺伝子変異の頻度が非常に高いことが明らかにされている。これまでに同グループは、共同研究により食道扁平上皮の遺伝子解析を行い、大量に飲酒する人では一見正常に見える食道上皮でもTP53遺伝子変異が多く出現しており、この変異は加齢に伴い増加していくこと、ヨード染色で多くのヨード不染帯が見られる食道粘膜ではTP53遺伝子変異の頻度が高いことを明らかにしている。この多発するヨード不染帯には前がん病変が含まれ、TP53遺伝子変異がフィールドがん化現象の原因と考えられている。
これらの結果から、食道扁平上皮発がんに、アルコール摂取、ALDH2機能低下、TP53遺伝子異常が深く関与していると推測されるが、この病態を反映するような動物モデルはなく、食道がんの決定的な発生メカニズムは明らかになっていなかった。
アルコールによる食道発がんを再現する動物モデルを作製
これまでAldh2遺伝子やTP53遺伝子を単独で欠損したマウスにアルコールを長期摂取させても食道がんの発生は確認できなかったことから、動物を用いたアルコールによる食道発がんモデルの構築は困難だった。
今回の研究では、食道上皮特異的にTP53を欠損させたコンディショナルノックアウトマウスと、Aldh2欠損マウスを交配することで、ALDH2機能低下に加えて食道上皮特異的にTP53を欠損したマウス(KTPAマウス)を作製した。このマウスの特徴として、TP53遺伝子欠損はCre/loxPシステムにより制御され、Aldh2遺伝子型はヒトと同じ野生型、ヘテロ欠損型、ホモ欠損型の3タイプが存在することがあげられる。このモデルを用いて、飲酒群・非飲酒群を設定することで、食道発がんにアルコール摂取、ALDH2、TP53の機能がどのように関与するか調べることができる。
飲酒、ALDH2およびTP53機能喪失の3因子が食道がん多発の重要な要因
研究グループは、3タイプのAldh2遺伝子型のマウスそれぞれにTP53制御の有無と飲酒の有無を組み合わせることにより、合計12群を設定した。この中で食道上皮に腫瘍性変化をきたしたのは、Aldh2ホモ欠損/TP53欠損マウスにアルコールを摂取させた群のみだった。病理評価では、マウス前胃の扁平上皮部分に異型上皮や腫瘍が多発しており、アルコール摂取により食道の扁平上皮領域にがんが多発すること(フィールドがん化現象)が初めて動物モデルで証明された。
発がんした病理組織を解析すると、上皮にはRete ridge(RR)と呼ばれる特徴的な病理構造を認め、RR 形成にTP53変異や炎症細胞浸潤が関係することがわかった。また、飲酒により発がんしたマウス群の個体別の飲酒量を調べると、発がんしたマウスは、発がんしなかったマウスと比べて有意に飲酒量が多かった。これは、同じ遺伝子型であっても、飲酒量が発がんリスクに影響することを意味しており、高リスク群(ALDH2機能低下群)における節酒の重要性を意味する知見といえる。
研究グループは、さらにAldh2ホモ欠損マウスに長期飲酒させ、食道上皮の遺伝子異常を解析した。その結果、ALDH2機能が低下した個体が長期飲酒すると、食道上皮に多くの遺伝子変異が蓄積し、実際に発がんと深く関与するTP53の遺伝子変異も誘導されることが明らかになった。
食道がんの予防戦略の構築に向けて重要な知見
今回の研究によって、飲酒、ALDH2機能低下、がん抑制遺伝子TP53の機能欠失が食道発がんに重要な3因子であり、食道におけるフィールドがん化現象の原因となることが明らかになった。
「ALDH2遺伝子多型を簡便に測定して自分の体質を認識できるような機器開発を進めている。ALDH2の機能が低いことが有害なアセトアルデヒドの蓄積を高めると考えられることから、ALDH2機能を改善するような薬剤の開発が今後有効な食道発がん予防戦略になるのではないか」と、研究グループは述べている。
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