一部が急性肝不全へ進展する急性肝障害、内科治療への反応性は予測困難
九州大学は2月10日、人工知能(AI)技術を臨床研究に応用し、急性肝障害患者が治療効果(治療反応性)により3つの集団に分類できることを新たに発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、同大学病院の田中正剛助教、黒川美穂博士後期課程学生、名古屋大学大学院理学研究科の岩見真吾教授(兼 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所客員教授、理化学研究所数理創造プログラム客員研究員、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点連携研究者)、吉村雷輝博士後期課程学生らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS Nexus」に掲載されている。

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急性肝障害は、約99%の患者が治療を要することなく回復する肝疾患だが、約1%の患者は肝機能が低下して急性肝不全へと進展する。急性肝不全は意識障害を伴わない初期段階であれば、多くは内科治療に反応して回復できる一方、意識障害を伴う昏睡型へと進展してしまうと、約30%しか内科治療に反応せず、残りの約70%の患者は救命のために肝移植が必要になる。しかしながら、現状では急性肝障害において内科治療への反応性を予測する手段は存在せず、一般病院から高次医療機関や肝移植ができる施設への搬送基準が明確ではないため、搬送の遅れが急性肝不全の予後不良の一因となっていた。
加えて、国内における急性肝不全の年間発生数は200~300例程度であるのに対し、移植のための臓器を提供できる脳死ドナーは年間約100例に留まり、救命できないケースが多く存在する。そのため、どのような人が内科治療に反応するか、もしくは反応しないかを把握し、早期に判断することにより、高次医療機関への搬送などの準備期間を確保し、適切に資源分配を行うための技術が求められている。
入院後1週間の急性肝障害・肝不全319例、臨床情報をAI解析
今回の研究では、九州大学病院肝臓・膵臓・胆道内科に入院した急性肝障害・急性肝不全319例の入院後1週間の広範な臨床情報を最新の数理科学技術を駆使して解析した。まず、どのような人が内科治療に反応しているかを理解するために、患者の健康状態を数値化することを試みた。具体的には、AI技術を用いて最終的に移植を要するか否かを予測するために、どの因子が重要であるかを解析した。
プロトロンビン時間活性率活用し、臨床経過と予後が異なる6グループへ分類
その結果、急性肝障害の進行状態を反映する指標として、血液検査項目の一つであるプロトロンビン時間活性率(PT%)を活用できることが明らかになった。そこで、AI技術を用いて入院後7日間のPT%の時間経過にどのようなパターンがあるかを分析した。その結果、急性肝障害患者を臨床経過と予後が異なる6グループに分類できることを見出した。興味深いことに、この6グループは、経過観察のみで自然に回復するグループ1・2、内科治療に反応し回復するグループ3・4、内科治療に反応せずに移植を要するグループ5・6の合計3つの集団に分けられた。特に、肝移植を受けた患者と死亡した患者はグループ5・6の最後の集団に含まれていた。
高次機能病院・移植施設へ搬送すべき患者群を、初診時に高い精度で予測可能
これらの分析により、グループ1・2は「一般病院で経過観察が可能な患者群」、グループ3・4は血漿交換などの内科治療によって回復が見込まれるため「高次機能病院へ搬送すべき患者群」、グループ5・6は救命のための移植適応の評価が必要な「移植施設へ搬送すべき患者群」と考えられる。
さらにAI技術を駆使することにより、初診時にどの患者がどのグループに属するかの予測を試みた。驚くべきことに、初診時の血液検査などの臨床情報のみから、患者がグループ5・6であるかどうかを約90%、グループ3・4であるかどうかを約80%という非常に高い精度で予測できることがわかった。さらに、個人レベルでの治療反応性を予測する技術の開発にも成功した。
経験少ない医療機関でも治療反応性を予測可能に、救命率の大幅な向上につながると期待
急性肝障害が重症化した急性肝不全は、治療が極めて困難な難治性疾患であると同時に、年間の発症件数が少ない希少疾患でもある。そのため、どの患者が内科治療に反応しやすいかを見極め、適切な対応を判断できる治療経験を持つ医療機関が限られているのが現状である。しかしながら、急性疾患であるがゆえに、治療判断のわずかな遅れが救命率に直接影響を及ぼす。今回の研究では、どの急性肝障害患者が内科治療に反応するかを定量的に理解し、予測するための手法を開発した。これにより、経験の少ない医療機関でも治療反応性を予測できるようになり、適切な医療施設で最適な治療を迅速に行うことが可能となる。この成果は、急性肝不全患者の救命率を大幅に向上させることが期待される。
さらに、急性肝障害を病態に基づいて分類することは、疾患の発症メカニズムを解明する上でも重要な意義がある。各グループ間の違いを詳細に解析することにより、急性肝障害が急性肝不全に重症化する未解明のメカニズムについて、新たな知見が得られる可能性がある。「個人ごとのPT%の変化パターンの予測精度を向上させることにより、臨床医がリアルタイムで患者の将来の病状を予測し、迅速かつ適切な治療判断ができる個別化医療が実現すると期待される」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果