5歳時の国内累積発生率2.75%、有効な治療薬がない
広島大学は2月10日、鎮痛作用を示さない低用量のオピオイドが、自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:以下、ASD)の中核症状の一つである社会性やコミュニケーションの障害を回復させる新しい薬物療法につながる可能性を発見したと発表した。この研究は、同大大学院医系科学研究科(歯)細胞分子薬理学の吾郷由希夫教授、大阪大学大学院薬学研究科神経薬理学分野の橋本均教授、同大学院歯学研究科薬理学講座の田熊一敞教授、京都大学大学院医学研究科と塩野義製薬株式会社の共同プロジェクトSKプロジェクトの大波壮一郎研究員、山川英訓研究員らの研究グループによるもの。研究成果は「JCI Insight」に掲載されている。

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ASDは、社会的コミュニケーションの障害や、興味や行動への強いこだわり、それらに基づく行動の障害を主な特徴とする神経発達症で、あらゆる人種、民族、社会的集団で確認されている。2021年の日本国内における調査報告から、2009~2014年度に出生した子どもの5歳時におけるASDの累積発生率が2.75%であることが明らかになっている。また2023年に米国疾病予防管理センターが発表した2020年の統計によると、米国の8歳児では2.76%の割合であることが報告されている。
現在、ASDの中核症状に対する有効な治療薬は存在しない。ASDに対する治療としては、応用行動分析法(行動のきっかけと内容、結果に注目し、日常の行動改善に役立てる方法)等の行動療法が中心となっているが、年齢が進むとともに効果が低下することが知られており、ASDの中核症状に有効な治療薬の開発が望まれている。
低用量のモルヒネ・ブプレノルフィン、社会性行動の低下を改善
ASDは、感覚刺激に対して過剰に反応したり、逆に反応が鈍くなるといった症状から、痛覚感受性の変化もみられる。脳内のオピオイドシステムは疼痛制御に重要な役割を担っているが、遺伝学的研究からμオピオイド受容体とASDとの関連が示唆されている。健常人や健常動物における薬理学的研究において、μ受容体アゴニストが社会性に関わる機能を促進することが報告されており、一方μ受容体欠損マウスでは社会性行動の低下や常同行動が認められている。
今回の研究は、ASDモデルマウスの社会性行動障害に対するμ受容体アゴニストの作用を明らかにすることを目的に実施した。ASDモデルマウスでは、コントロールマウスと比べて、試験ケージ内の他個体に対する社会性行動の低下がみられる。μ受容体の完全アゴニストであるモルヒネ、部分アゴニストであるブプレノルフィンにより、低用量域でその改善がみられたが、高用量になるにしたがって改善効果は消失した。また、モルヒネとブプレノルフィンはともに、痛覚感受性試験でみられるASDモデルマウスの疼痛行動を抑制したが、社会性行動を改善した低用量では、鎮痛効果はみられなかった。
側坐核や内側前頭前皮質でc-Fosの陽性細胞数増加
さらに、低用量のモルヒネやブプレノルフィンにより、社会性行動や意欲に関わる脳領域である側坐核や内側前頭前皮質において神経活動マーカーとして知られるc-Fosの陽性細胞数の増加がみられた。高用量域では、鎮痛作用に関わる中脳水道周囲灰白質や依存の形成に関与する腹側被蓋野での増加が認められた。
「モルヒネやブプレノルフィンは、臨床で用いられている鎮痛薬であるが、研究から、鎮痛作用を発揮しない低用量においては、社会性障害の改善作用といった異なる効果が認められた。今後、動物モデルを用いた更なる検討、そしてヒトでの検証によって、ASDの新たな治療戦略の構築を目指す」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 プレスリリース