日本で推定約87万人が有するPTSD、治療の選択肢充実させる試みが急務
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は2月6日、認知処理療法(Cognitive Processing Therapy:CPT)が、心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder:PTSD)に対して有効であることをランダム化比較試験によって明らかにしたと発表した。この研究は、NCNP認知行動療法センター(CBT)の伊藤正哉部長、武蔵野大学人間科学部の堀越勝客員教授(前・CBTセンター長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「JAMA Network Open」に掲載されている。

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心的外傷的出来事に遭遇する機会はまれではない。心的外傷的出来事は、生命の危険にあったり、重傷を負ったり、性的な暴行を受ける出来事などを指し、例としては、災害、暴力、深刻な性被害、重度事故、戦闘、虐待などが挙げられる。そのような出来事を目撃することや、近親者が巻き込まれたのを知ることや災害救援者の体験なども含まれる。
PTSDは、そのような心的外傷的出来事に遭遇した人が、再体験、回避、覚醒亢進、否定的な考えや感情といった症状によって機能障害を起こしている状態を指す。日本のPTSDの1年間の時点有病割合は0.7%であり(生涯有病割合は1.3%)、単純推定で約87万人がPTSDを有すると推定される。
PTSDの治療ガイドラインや系統的レビューでは、効果的な治療として、トラウマを扱う認知行動療法を推奨している。代表的なものに持続エクスポージャー療法、CPT、眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)がある。国内では、犯罪被害を受けてPTSDを有する人に対する持続エクスポージャー療法の有効性が示されているが、PTSD治療が行き届いているとは言い難い現状からは、治療の選択肢を充実させる試みは急務と言える。
海外で有効性示されているCPTに着目、国内でのランダム化比較試験実施
このような背景から、研究グループでは、日本で活用できるPTSDの治療選択肢の一つとして、CPTに着目した。CPTは、海外で有効性を示すエビデンスが多く蓄積されているものの、日本や東アジア地域においてその有効性を結論づける臨床試験はなかった。
今回の研究の目的は、日本の医療現場において、CPTがPTSD治療として有効かを検証することだった。NCNP病院で実施されたこのランダム化比較試験では、通常治療にCPTを加えた条件が、通常治療のみの条件よりも優れているかを検証した。CPTは、厚生労働省障害者対策総合研究事業などで開発された日本語版のマニュアルに基づき行われた。CPTは16週の間に、50分のセッションを12回にわたり実施した。
CPT実施群でCAPS-5の点数が有意に低下・自己記入の症状も改善
主たる評価項目は、どちらの条件に割り付けられたかを知らない評価者によって、PTSD臨床診断面接尺度(CAPS-5)を用いて測定されたPTSD症状だった。その他に、自己報告式尺度でのPTSD症状・うつ症状・自殺念慮・生活の質・生活機能や、臨床全般印象についても評価された。評価は、治療開始前、治療中(8週)、介入期間終了時(17週)、介入終了から4か月後(34週)に行った。また、治療の実施可能性や受容性を検討するために、研究参加が中止になる人の割合や、重篤な有害事象の発生も確認した。
PTSDの基準を満たす成人60人(女性54人、男性6人)が研究に参加し、その平均年齢は36.9歳(SD=9.9)だった。CPTを実施した条件ではCAPS-5で14点の低下、通常治療のみの群では0.15点の低下であり、両群で統計的に有意な差が認められた。自己記入式のPTSD症状、うつ症状、自殺念慮、生活の質、生活機能、臨床全般印象度のすべてにおいて、対照群に比してCPTの条件の方でより大きな改善が認められた。CPT治療を完遂した人の割合は29人中27人(93.1%)だった。介入期間中、CPT実施群では重篤な有害事象は認められなかったが、対照群では3回の発生が認められた。4か月後の評価では、CPT実施群において改善が維持されているか、さらなる改善を認めた。
向精神薬服用や精神科疾患の併存など、重篤な臨床背景がある参加者にもCPTは有効
今回の研究の参加者は、長期にわたってPTSDを抱えており(平均147か月)、精神科の併存疾患を有しており(63.3%)、向精神薬を服用しており(71.7%)、約半数が児童期に虐待を受けた経験(45.0%)があった。このような重篤な臨床背景がある中でも、CPTの有効性を確認できたことは大きな意義を有すると捉えられる。
臨床家がCPT提供するための研修体制を充実させていくことが重要
上記のように、日本の精神科という医療環境において、通常治療のみに比べて、通常治療にCPTを追加して実施することが、PTSD症状の改善に有効であることが示唆された。公認心理師、医師、看護師といった医療関係者がCPTを提供できる訓練体制を整備し、より広くCPTを活用できる体制を構築していくことが求められる。
臨床家がCPTを提供するには、研修を受ける必要がある。厚生労働省認知行動療法研修事業では、これまでCPT研修が実施されてきた。また、厚生労働省PTSD対策専門研修事業においても、CPTの考え方に基づく支援の方法に関しての講義が含まれている。今後は、こうした研修体制をより一層充実させていくことが期待される。具体的には、CPTの考え方や方法について、わかりやすく紹介するウェブサイトの構築を進めている。「実装科学の手法を用いて、より効果的にCPTを提供できる体制を構築していく研究を推進していく」と、研究グループは述べている。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース