重粒子線治療での長期生存を確認も、予後予測バイオマーカーはなかった
量子科学技術研究開発機構は1月2日、膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカーを発見したと発表した。この研究は、同研究開発機構(QST)病院重粒子線治療研究部の武島嗣英研究統括、医療技術部の篠藤誠部長、放射線医学研究所放射線規制科学研究部の土居主尚主任研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Anticancer Research」にオンライン掲載されている。
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膵臓がん(特に、局所進行膵がん)は非常に悪性度が高い。膵臓がんの5年生存率は10%未満と、他のがんに比べて生存率が低いとされている。主な治療法は手術だが、根治的な外科切除が可能な患者は全体の15~20%。切除できた場合も5年生存率は約10~20%にとどまる。手術が不可能な患者には化学療法や化学放射線療法が行われるが、両者の効果に大きな差はない。これは、膵臓がんは放射線に抵抗性であるにもかかわらず、膵臓が放射線に弱い臓器に囲まれているため、腫瘍に高線量の放射線を照射できないことが一因と考えられている。
重粒子線は、X線やγ線よりも強力な殺細胞効果を持つ。さらに、重粒子線は腫瘍の位置で止まってエネルギーを腫瘍部位に集中して放出できるため、がんに対して集中的な照射が可能である。これにより、腫瘍周囲の正常臓器への影響を抑えながら腫瘍のみに高線量を投与できる点が強みである。臨床研究では、化学療法単独やX線を用いた化学放射線療法を受けた患者の生存期間での中央値が16.5か月と15.2か月であるのに対し、重粒子線治療を受けた患者では21.5か月と長期生存することが確認された。
このように重粒子線治療が優れていても、効果が出にくい患者もいる。そのため、治療前に治療効果を予測できる指標(マーカー)が必要とされている。しかし、これまで膵臓がんにおける重粒子線治療の効果や生存率などの予後を予測できるバイオマーカーとして使用されているものはなかった。
膵臓がん患者103人対象に重粒子線治療前の血中sIL-6Rレベルと予後因子の関連を解析
そこで今回の研究では、がんの性質と深く関わり、他のがん種のマーカーとしても研究が進められている可溶性インターロイキン6受容体(sIL-6R)に着目し、膵臓がん患者の重粒子線治療前の血中sIL-6Rレベルと予後因子(遠隔転移や生存期間)との関連を調べた。同研究には、2015年12月~2020年3月までの間に、QST病院で重粒子線治療を受けた膵臓がん患者103人(女性39人、男性64人)から治療前に採取、保管していた血液を用いた。血漿分画を調製し、市販のELISAキットでsIL-6R濃度を測定した。
血中sIL-6R濃度「高」、治療後の遠隔転移・死亡リスクが低いと示唆
後ろ向きコホート研究としてCox回帰解析を行った結果、高sIL-6R濃度(95 ng/ml以上)の患者では、全生存期間のハザード比(HR)が0.55(95%信頼区間0.32-0.96、P=0.037)、遠隔転移のHRが0.53(95%信頼区間0.30-0.95、P=0.036)と、いずれも1より低いことが示された。つまり、血漿中のsIL-6R濃度が高い患者は、重粒子線治療後に遠隔転移が起きにくく死亡しにくいことが示唆された。
膵臓がん重粒子線治療、遠隔転移・死亡リスク予測の可能性
同研究結果は、重粒子線治療前に血中sIL-6Rを測定することで、治療を受けた膵臓がん患者の遠隔転移や死亡リスクを予測できる可能性を示している。今後は、sIL-6Rが転移と生存率に関係する理由をさらに調査し、より効果的な膵臓がんに対する重粒子線治療法の開発を目指して日本や海外の研究機関と連携して研究を進めていきたいと考えている、と研究グループは述べている。
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・量子科学技術研究開発機構 プレスリリース