訓練の効果は訓練者の技量次第、ロボット技術を応用するには?
産業技術総合研究所は12月23日、運動訓練中のラットを対象に、リハビリテーションにおけるアシスト動作の方法とタイミングが訓練効率に与える影響を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所人間情報インタラクション研究部門の金子秀和主任研究員、人間拡張研究センターの鮎澤光上級主任研究員によるもの。研究成果は「IEEE Transactions on Neural Systems and Rehabilitation Engineering」に掲載されている。
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脳血管疾患の患者数は約170万人にのぼり(厚生労働省「患者調査」令和2年患者調査)、多くの患者が、脳機能障害で失った身体機能を回復するためにリハビリ訓練を必要としている。さまざまなリハビリ訓練法が提案されているが、その中の一つに理学療法士などの訓練者が被訓練者(患者)の動きを補助する「徒手療法」という手法がある。その効果は、個々の訓練者の技量に大きく依存しているのが実情だ。これは、訓練者ごとに介入方法やそのタイミングが微妙に異なり、再現性の低いことが原因と考えられる。この問題を解決するためには、タイミングよく身体に外力を加えることが可能なロボット技術の活用が有効だ。
これまで、ロボット技術を用いたリハビリ訓練法では、アシスト的な介入が効果的であると考えられていた。しかし、どのタイミングでどのような外力を身体に加えると訓練効果が高まるかについては科学的に解明されておらず、一般に定まった方法は知られていない。
アシスト動作の方法とタイミングを変えた4種類の介入実験をラットで実施
同研究所は、ニューロリハビリ技術の研究開発の一環としてロボティックリハビリ技術の高度化を目指し、片側大脳皮質損傷モデルおよび健常モデルに対して、アシスト動作機器の効果を評価できる学習実験モデルを用いて検討してきた。これまで、訓練者が被訓練者の動きをサポートする徒手療法を想定して、運動訓練中のラットの前肢に正解となる動作を妨げるような外力を加えると運動訓練の効率が高まることを明らかにしてきた。
今回、徒手療法よりも精度よく被訓練者の動作タイミングに合わせて介入可能なアシスト動作機器を用いた訓練を導入して、ラットの動作タイミングを予測し、それに合わせて外力を与えた場合の効果についても、これまでの結果と合わせて検証した。
訓練開始前に、ラットに前肢を使って左右2本のレバーを同時に押し下げさせ、報酬用飲口を咥えさせた状態で待機させた。ラットの前肢が置かれるレバーには押力センサーが備わっており、ラットがレバーから前肢を離そうとするタイミングを検出できる仕掛けにした。レバー駆動装置によって前肢を強制的に持ち上げることが可能で、これらの機構を使って、アシスト動作を加えた訓練を実施した。
訓練は以下の手順で行った。まず、ランダムに左右どちらか一方の前肢に空気を吹きかける空圧刺激を与えた。空圧刺激に対して、ラットが正解となる側の前肢をレバーから持ち上げて離せば報酬として砂糖水を与え、反対側の前肢を離した場合は不正解として報酬を与えなかった。また、不正解だった場合、訓練を促進させるためにもう一度同じ側の前肢に空圧刺激を与えた後、レバー駆動装置を用いてラットの前肢のいずれかを強制的に持ち上げるアシスト動作を行った。なお、1匹のラットに対し、刺激を与えた側の前肢を持ち上げた場合を正解とする訓練、および逆側の前肢を持ち上げた場合を正解とする訓練を、それぞれエラー率が15%未満となるまで実施し、訓練が進捗する様子を観察した。
実験ではアシスト動作として、2種類の動作と2種類のタイミングを組み合わせた4通りの条件を設定した。アシスト動作の一つは、正解の側の前肢を持ち上げる動作で、もう一つは逆側の前肢を持ち上げる動作だ。タイミングについては、一つは空圧刺激を与えた一定時間(約0.2秒)経過後にアシスト動作を行い、もう一つは、刺激を受けたラットが自発的に前肢を持ち上げようとする応答動作を押力センサーで検知し、それに同期したタイミングでアシスト動作を行った。
タイミングの違いで、訓練成績を向上させるアシスト動作が正反対になることが判明
訓練4日目および5日目のデータから算出された成績をもとに検証したところ、一定時間経過後のタイミングで正解側と逆のアシスト動作を行った場合と、ラットの応答動作に同期したタイミングで正解側のアシスト動作を行った場合に、エラー率の低下と応答時間の短縮といった訓練成績の向上が見られた。
タイミングの違いで、訓練成績を向上させるアシスト動作が正反対になるという結果は、アシスト動作がどの神経活動を活性化するかを考え、条件付け理論に基づいて空圧刺激と応答動作の関係がどのように変化するか考えることによって解釈できる。
まず、ラットが自主的に前肢を上げてレバーから離す場合、反対側の前肢ではバランスを取るためにレバーを押し下げる神経活動が活性化される。一方、レバー駆動で強制的に前肢を持ち上げると体幹が後ろに動かされ、反射経路を通して、持ち上げられた前肢ではレバーを押し下げる神経活動が活性化される。同時に、反対側の前肢ではその自重によって前肢が引き伸ばされて前肢をレバーから持ち上げる神経活動が活性化される。つまり、レバー駆動によって正解のアシスト動作が入ると正解と逆の動作を起こす神経活動が活性化され、逆に、正解と逆のアシスト動作が入ると正解の動作を起こす神経活動が活性化されることになる。
次に、条件付け理論では、ある刺激と身体の反射応答を引き起こす別の刺激を一定の時間間隔で与えていると、ある刺激を与えるだけで反射応答が引き起こされるようになる。この理論に従えば、空圧刺激から一定時間経過後のタイミングで正解と逆の動作を繰り返し強制することで、正解動作を起こす神経活動が活性化され、訓練成績が向上したと考えられる。一方、ある刺激と反射応答を引き起こす別の刺激を無秩序な時間間隔で与えていると、ある刺激を与えた際に生じていた反射応答が起きにくくなる。これらのことから、ラットの応答動作に同期したタイミングで正解動作を繰り返し強制することで、空圧刺激後から無秩序な時間間隔で正解と逆の動作を起こす神経活動を活性化したことになり、不正解動作を起こしにくくなることによって、訓練成績が向上したものと考えられた。その他のアシスト動作では不正解動作が起きやすくなる効果、正解動作を起こしにくくなる効果を生じることによって訓練が遅延したと考えられた。
ヒトにも適用可能となるリハビリ機器の開発を目指す
今回得られた知見は、効果的なアシスト動作機器の制御方法を設計する上で、重要な指針となる。この知見は、これまで訓練者の技量に頼っていた徒手的な運動療法において、訓練法の最適化および再現性の向上につながる。この指針に基づき、リハビリ訓練の効率が向上すれば、回復期間の短縮や介入方法の見直しによる訓練効果の向上が期待できる。
「今後は、脳活動を計測することによって神経メカニズムを解明し、得られた知見をヒトにも適用可能となるリハビリ機器の開発を進めて行く予定だ。また、これまでは単純な応答動作を対象としてきたが、単純な動作が組み合わされた複雑な動作に対しても、同様の介入方法が有効であるかを検証する。これらにより、神経科学的な知見を活かしたニューロリハビリ技術の確立に貢献したい」と、研究グループは述べている。
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・産業技術総合研究所 プレスリリース