世界的にデジタル利用が若者の精神的健康に与える影響への懸念が高まっている
理化学研究所(理研)は12月20日、ソーシャルメディアが精神的健康に与える影響を解明したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)の赤石れいユニットリーダー(研究当時)らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「npj Mental Health Research」オンライン版に掲載されている。
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2010年代以降、若年層のメンタルヘルス(精神的健康)の状態が世界的にかつ急激に悪化しており、その原因としてスマホやソーシャルメディアの影響が指摘されている。2024年のある調査では、世界のスマホ利用者数は48.8億人に達し、普及率は60%を超えている。特に34歳以下の年齢層における1日当たりのスマホなどの画面使用時間は平均8.8時間に及び、これは65歳以上の年齢層の5.2時間と比較して著しく高い値となっている。
このような状況を受けて、各国では若者のデジタル利用を制限する動きが加速している。米国では公衆衛生局の長官がソーシャルメディアの有害性をタバコと同等レベルとする警告を発表し、オーストラリアでは16歳以下のソーシャルメディア使用を国レベルで禁止する法案が可決された。欧州でも同様の規制強化の動きが見られ、世界的にデジタル利用が若者の精神的健康に与える影響への懸念が高まっている。
デジタル利用が精神的健康に与える影響について、一貫した結論が得られていなかった
しかし、これまでの研究では、デジタル利用が精神的健康に与える影響について一貫した結論が得られていない。一部の研究ではデジタル利用が不幸感、抑うつ、不安、孤独感を増加させるとの報告がある一方で、重大な影響は見られないとする研究や、むしろ孤独感を軽減する効果があるとする報告も存在していた。
このような研究結果の不一致の主な要因として、3つのことが考えられる。1つ目は「デジタル利用の形態を適切に区分できていなかった」ことにある。ソーシャルメディアやスマホの利用でもたくさんの利用形態があり、それぞれが違った影響を精神的健康に与える可能性がある。これらの利用形態が先行研究で適切に区分されなかったり、それぞれの研究が異なる定義を用いてきたりしたことが不一致の一つの理由になっていた。2つ目は「対面コミュニケーションとの関係を考慮していなかった」こと、3つ目は「質問紙などによる一時点での調査による想起バイアスの問題」だ。質問紙などによる一時点での調査では思い出せることに偏りがあり(想起バイアス)、ある出来事がもう一つの出来事に直接的な影響を与えているのかはっきりと区別できない場合があるが、日常生活の中で定期的に被験者の行動や心理状態を記録する「経験サンプリング法」では、ある出来事が起こってから比較的近い時点でその心理的影響を調べることができるため、このような想起バイアスを防ぐことができる。
特に日本においては、これらの問題に関する本格的な科学的調査がまだあまり実施されておらず、エビデンスに基づいた政策立案が困難な状況だった。このような背景から、今回の研究では上記の要因を考慮した上で、若者のデジタル利用と精神的健康の関係を詳細に調査することとした。
日本の若年層を対象に21日間にわたる詳細な科学的調査を実施
研究グループは今回、日本国内においてオンラインコミュニケーションなどのデジタル利用が幸福感・孤独感といった精神的健康指標とどのように関連するかについて、デジタル利用の形態を区分し、対面コミュニケーションとオンラインコミュニケーションを同時に調べ、経験サンプリング法などを用いて大規模かつ日常生活レベルで検証した。
従来の研究は、質問紙による一時点での測定や、対象者数・対象期間が限られたものが少なくなかった。今回の研究では、日本の若年層(平均年齢:男性23.18歳、女性24.81歳)418人を対象に、21日間にわたる詳細な科学的調査を実施した。参加者はオンラインプラットフォームを通じて、毎日21時に詳細な記録を行った。
コミュニケーションの形態により、精神的健康への影響が異なることが判明
記録は、項目を「デジタル利用時間と内容(ソーシャルメディア、ゲーム、動画視聴など)」「コミュニケーションの種類(オンライン・オフライン(対面)、1対1・1対多)と時間」「精神状態の指標(幸福感、孤独感)」という3つのカテゴリーに分類して実施した。
分析の結果、コミュニケーションの3つの形態によって、それぞれ次のように精神的健康への影響が異なることが判明した。なお、コミュニケーション形態の違いによる精神的影響を比較するために統計的効果量(標準化β)と影響度(Cohen’s D)を用いた。
対面コミュニケーション、1対1のオンラインコミュニケーションに比べ幸福感5倍以上
1対1のオンラインコミュニケーションは、幸福感の向上に寄与(標準化β=0.040、p<0.001;Cohen's D=0.082)し、特に親しい人とのメッセージのやり取りで効果が顕著だった。一対多のオンラインコミュニケーションは、孤独感の増加と関連(標準化β=0.026、p<0.05;Cohen's D=0.051)し、ソーシャルメディアの閲覧時間が長いほど効果が増大した。対面コミュニケーションは、幸福感に最も強い正の影響(標準化β=0.268、p<0.001;Cohen's D=0.572)があり、幸福感において1対1のオンラインコミュニケーションの5倍以上の効果があった。
デジタル利用の精神的健康への影響、対面交流時間減による間接的な効果が大きい
さらに重要な発見として、デジタル利用による精神的健康への影響は、直接的な効果よりも、対面交流時間の減少を介した間接的な効果の方が大きいことが明らかになった。これは媒介モデルという、直接的な効果(デジタル利用→孤独感)と間接的な効果(デジタル利用→対面交流の減少→孤独感)を同時に検定する統計手法を用いて調べた。
具体的には以下のことが明らかになった。まず、ソーシャルメディアを含む全てのスマホアプリの総使用時間の増加で対面交流の時間が減少し、1対多のオンラインコミュニケーションの単独の利用時間の増加によっても対面交流時間が顕著に減少するという「時間的な競合関係」が判明した。さらに、精神的健康への総合的な悪影響のほとんどが対面交流の減少という間接効果であることがわかり、間接効果の重要性が明らかになった。また、女性における1対多のオンラインコミュニケーションの影響(幸福感の低下と孤独感の増加)の増大が見られたことから、性別による違いも明らかになった。
一律の制限ではなく、個人差を考慮したより細やかな政策立案に期待
今回の研究により、デジタル利用が精神的健康に与える影響は、その利用形態によって大きく異なり、特に対面交流時間の減少を介した間接的な影響が重要であることが明らかになった。同知見は、若年層のデジタル利用に関する具体的な指針の策定に重要な示唆を提供するものだ。さらに、デジタル利用と若者の精神的健康に関する具体的な対策の基盤としての活用も期待される。特に、1対多のオンラインコミュニケーションの孤独感への影響の大きさと対面交流時間の確保の重要性が明らかになったことで、より効果的な介入方法の開発が可能になると思われる。教育現場では年齢に応じたデジタル機器使用のガイドラインを策定することができる。特に対面でのコミュニケーションの時間を確保しつつ、幸福感の向上に寄与しやすい1対1のオンラインコミュニケーションを効果的に活用する方法の提案が可能となる。また、女性が1対多のオンラインコミュニケーションの影響を受けやすいという発見は、性別に配慮した予防的介入の開発につながる。
「テクノロジーの開発面では精神的健康に配慮したアプリケーションの設計が可能となる。例えば対面交流を促進する機能や、1対多のコミュニケーションの利用時間を適切に管理する機能の実装が考えられる。さらに、政策立案においても、本研究は科学的根拠に基づいた規制や支援の枠組みを提供する。若者のデジタル利用を一律に制限するのではなく、コミュニケーションの形態や個人差を考慮した、より細やかな政策立案が可能となることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース