社会的孤独で動脈硬化が促進するメカニズムの詳細は不明だった
慶應義塾大学医学部は12月16日、社会的孤独が脳視床下部でのオキシトシン分泌を減少させ、肝臓における脂質代謝異常を招くことで動脈硬化を促進させる新たな分子機序を発見したと発表した。この研究は、同大大学医学部内科学教室(循環器)の高聖淵助教(研究当時)、安西淳専任講師、家田真樹教授らのグループと、同・内科学教室(腎内分泌代謝)の木内謙一郎准教授、林香教授、先端医科学研究所(脳科学)の田中謙二教授、および自治医科大学の尾仲達史教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation Research」に掲載されている。
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幸福ホルモンとして社交性や感情の制御、乳汁分泌、子宮収縮などに関与するオキシトシンは、ヒトでも動物でも他者との触れ合いにより脳の視床下部から分泌される。女性においては分娩時や授乳時に分泌されるホルモンとして有名だが、男性でも一定量分泌されている。
一方、ヒトを含めた哺乳類の多くは社会的動物であり、他者との信頼関係による臓器機能維持や個体間ストレスによる循環器疾患発症など、個体間の関わりによる生体機能制御の科学的解明の重要性が論じられてきた。個体間相互作用から隔絶された「社会的孤独(Social Isolation/Loneliness)」は精神疾患だけでなく、肥満や2型糖尿病などの身体疾患の要因になり、反対に発達期の愛情豊かな環境や社会的なつながりは成人後のストレス耐性を増加させ、不安・うつ様行動を低下させることが知られている。
近年、社会的孤独が動脈硬化性疾患である心筋梗塞の発症率や総死亡率を上昇させることがヒトを対象としたさまざまな臨床研究により明らかになりつつある。心理社会的ストレスのモデル動物を対象とした過去の研究で、交感神経系、視床下部-下垂体-副腎皮質系、あるいは炎症の活性化が動脈硬化促進に関与している可能性が報告されたが、研究によって結果に一貫性がなく、その背景にある分子機序は明らかではなかった。
社会的孤独は食事量や炎症活性化などに関わらず動脈硬化促進、脂質異常症も引き起こす
研究グループは今回、社会性のあるマウスでも特に絆が深いとされる同胞マウス(ここでは同じ母親から生まれた兄弟マウス)に限定して研究を実施。不必要な処置や動物同士のファイティング(喧嘩)、飼育環境等による余分なストレスを最小限に抑えるように工夫を行い、通常通り1つのケージに4~5匹飼育する対照群と孤飼にする孤独群に分けて検討を行った。
その結果、社会的孤独ストレスは、これまでの通説だった食事摂取量、交感神経系、視床下部-下垂体-副腎皮質系および炎症の活性化とは無関係に動脈硬化を促進させることを見出した。
さらに、社会的孤独によって脳視床下部からのオキシトシン分泌が減少すると同時に、中性脂肪やVLDL-、LDL-コレステロールの上昇に代表される「脂質異常症」の増悪を引き起こすことを明らかにした。
オキシトシンによる肝臓の脂質代謝制御を発見、経口投与で脂質異常と動脈硬化を抑制
脂質代謝は肝臓や脂肪組織、腸管など複数の臓器で制御されていることが知られており、その機構は非常に複雑だが、研究グループは肝臓にオキシトシンの受容体が発現することを見出し、肝臓から肝細胞を単離した培養実験や、独自に作製した肝細胞特異的にオキシトシン受容体を欠損させた遺伝子改変マウスを用いた実験で、オキシトシンが肝臓における脂質代謝を制御していることを世界で初めて発見した。
さらに、オキシトシンが肝細胞において同時に2つの異なる機序で脂質代謝を制御していることを突き止めた。1つ目はCYP7A1というコレステロールを胆汁酸に変換する酵素を増やす作用だ。肝臓内で貯留するコレステロールが増加すると、血中の悪玉コレステロール(LDLコレステロールなど)も増加して動脈硬化が進行するが、CYP7A1は肝臓から血液中に分泌される前にコレステロールを胆汁酸に変換して腸に排泄することで悪玉コレステロール減少に貢献する。
2つ目はANGPTL4/8という分子の生成を調整する作用だ。ANGPTL4/8は血中に放出されると中性脂肪や悪玉コレステロールを分解するリポタンパクリパーゼ(LPL)活性を制御する。過度にLPL活性が抑制されると中性脂肪や悪玉コレステロールが増加し、動脈硬化が促進されるが、オキシトシンはANGPTL4/8分子の制御を通してこれを防いでいる。
さらに同研究では、オキシトシンを経口投与することで社会的孤独ストレスによる中性脂肪やVLDL-、LDL-コレステロールの上昇と動脈硬化の進行を抑制することも確認された。
オキシトシンが脂質異常症治療における効果的な標的分子となることに期待
今回の研究により、社会的孤独は食事摂取量、交感神経系、視床下部-下垂体-副腎皮質系および炎症の活性化とは無関係に動脈硬化を促進させること、また、その背景に脳視床下部からのオキシトシン分泌低下による血中の中性脂肪やVLDL-、LDL-コレステロール上昇があることが判明した。さらにオキシトシンが肝細胞に対し生理活性を持ち、その作用はCYP7A1を介した胆汁酸生成促進とANGPTL4/8の制御を介したLPL活性の改善による脂質代謝制御であること、オキシトシンを経口投与することで特に孤独による脂質代謝異常を改善させ、動脈硬化を抑制できる可能性があることも明らかになった。
「現在実用化されている脂質異常症に対する治療薬にCYP7A1による胆汁酸生成促進やANGPTL4/8の制御を介したLPL活性改善を標的としたもの、1つで複数の治療効果が期待されるものは存在しない。そのため、オキシトシンは脂質異常症の治療における効果的な標的分子として期待される」と、研究グループは述べている。
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