低用量水銀ばく露、子の神経発達への影響は議論継続中
熊本大学は12月13日、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、エコチル調査)の3,083人のデータからさい帯血中のメチル水銀および無機水銀の濃度と子どもの精神神経の発達の関連について解析した結果を発表した。この研究は、同大南九州・沖縄ユニットセンターの小田政子氏、倉岡将平氏ら、国立環境研究所エコチル調査コアセンターの研究グループによるもの。研究成果は、「Science of The Total Environment」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査である。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしている。エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施している。
環境中に存在するさまざまな化学物質が、子どもの神経発達に影響を及ぼすことが知られている。中でも、1950年代に日本で水俣病の原因となったメチル水銀は、主要な神経毒性物質の一つである。現在では、メチル水銀の環境中への排出は厳しく規制され、日本における高濃度のメチル水銀汚染は解消されたと考えられている。偶発的な水銀ばく露を除くと、日本におけるメチル水銀ばく露の主な経路は魚介類の摂取であるが、通常は人の体内に存在するメチル水銀は微量であるため健康に影響が出ることはないと考えられていた。しかし、東南アジアでの金採掘・精錬時に使用される無機水銀による汚染は依然として世界的に大きな問題となっている。近年、低用量の水銀ばく露による健康被害への懸念も高まっている。しかし、低用量の水銀ばく露では、子どもの神経発達に及ぼす影響については依然として議論中である。胎児期の水銀ばく露が子どもの健康に及ぼす中・長期的な影響を明らかにすることは、適切な水銀ばく露の指標を設定する上で極めて重要である。
さい帯血中の水銀と2・4歳時の発達指数/胎児期のばく露と子のけいれん発作との関連を検討
そこで今回の研究では、胎児期の水銀ばく露と子どもの神経発達との関連を検討するため、さい帯血中の水銀濃度と2歳時および4歳時の発達指数との関連を解析した。さらに、胎児期の水銀ばく露と子どものけいれん発作との関連も併せて検討した。
同研究では、3,822組の母児を対象とし、さい帯血中のメチル水銀と無機水銀を測定した。メチル水銀と無機水銀の中央値はそれぞれ7.39 ng/mL、0.25 ng/mLであり、さい帯血中に存在する水銀のほとんどはメチル水銀であった。次に、妊娠中の食事内容に関する質問票から得られた情報を基に、魚介類の摂取とさい帯血中のメチル水銀および無機水銀の関連を解析した。結果として、いずれの水銀においても、カツオやマグロといった大型魚の摂取量と最も高い相関を示していることがわかった。
さい帯血メチル水銀・無機水銀、「発達指数」「けいれん」との間に関連は認められず
エコチル調査では、子どもの神経発達を評価するため、2歳時および4歳時に新版K式発達検査2001を実施した。この検査では、姿勢・運動、認知・適応、言語・社会という3つの領域で発達指数を評価し、その上で総合的な発達指数を算出する。さい帯血水銀濃度の測定と、この発達検査を実施した3,083人の子どもを対象として、その関連を解析した。解析では姿勢・運動、認知・適応、言語・社会の3領域に加えて、総合的な発達指数との関連をそれぞれ検討したが、メチル水銀および無機水銀において明らかな関連は認められなかった。
続いて、さい帯血メチル水銀濃度で参加者を4つのグループ(第1グループが最も低く、第4グループが最も高い)に分けて解析を行った。それぞれのグループにおける発達指数には明らかな差は認められなかった。今回実施した新版K式発達検査においては、発達指数が70未満であれば年齢に比べて発達が遅れていると推測する。そこで、メチル水銀濃度が最も低い第1グループを基準として、それぞれのグループで発達指数が70未満となるリスクも比較したが、明らかな関連は認められなかった。さらに、けいれんや熱性けいれんに関しても、明らかな関連は認められなかった。
長期的な影響を検討するため、今後さらなる研究を
今回の研究では、さい帯血中のメチル水銀および無機水銀と子どもの神経発達の関連を解析し、明らかな関連が認められないということを明らかにした。しかし、子どもの神経発達は非常に多くの要因によって影響されるものであり、研究グループは、今回の研究だけでは結論を出すことはできないとして、長期的な影響を検討するためにも今後さらなる研究の積み重ねが必要であるとしている。
研究グループは、胎児期の水銀ばく露が子どもの健康にどのように影響するのか引き続き調査を継続していく予定。魚介類の摂取だけでなく、どのような環境や生活習慣がそれぞれの水銀ばく露につながるのかを明らかにすることで、妊娠中の過ごし方に関する適切な提言につながると考えられる。同調査の継続により、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待される、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・熊本大学 プレスリリース