HGPSの病態形成の本質とされる微量なPG発現、核膜修復への影響は未解明
東京科学大学は12月11日、早老症の一つであるハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)の原因となるラミンA(LA)・ラミンC(LC)・プロジェリン(PG)の核膜修復動態に差を生じさせているファルネシル化の寄与を解明、およびテール領域内の特定配列(LACS1/2)を同定したと発表した。この研究は、同大総合研究院細胞制御工学センターの木村宏教授、金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の河野洋平研究員、市川壮彦特任助教、志見剛特任准教授、福間剛士教授、ソウル峨山生命科学研究院の白燦基教授、米国ノースウエスタン大学、英国ロンドン大学クイーン・メアリー校、スイス・チューリッヒ大学らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS Nexus」にオンライン掲載されている。
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早老症の一つであるHGPSは、世界的に約400万人に1人の頻度といわれる小児期発症の超希少難治性疾患である。出生時には異常がみられないが、次第に成長障害や老化症状に似た特徴的な臨床症状が現れる。精神発達は正常だが、年齢とともに動脈硬化症が進行し、その合併症として心筋梗塞や心不全、脳卒中を発症し、多くの場合は思春期を迎える頃に命を落とす非常に重篤な疾患である。
HGPSは、LMNA遺伝子の点突然変異(主にc.1824C>T)によって引き起こされる。動物細胞では、DNAを包んでいる核膜のDNA側に、ラミナとよばれる薄い網目構造が存在している。このラミナの厚さは約13.5nmで、この極めて薄い構造がクロマチンと相互作用し、核の安定性を維持する重要な役割を果たしているとされている。そのラミナの構成成分の一つであるLA、LCと、HGPSの原因タンパク質であるPGは、すべてLMNA遺伝子から発現する。通常、LMNA遺伝子によってコードされるmRNAは、選択的スプライシングを経てLAとLCに翻訳される。LMNA遺伝子のエクソン11に点変異(主にc.1824C>T)が生じた場合、潜在的なスプライス部位ドナーの活性化により、異常スプライシングによって翻訳された病的ラミンタンパク質がPGである。LAとLC、PGはテール領域の長さが異なり、特にPGは末端にファルネシル化とよばれる修飾が残ったまま核膜内膜につなぎ留められる。
健常な人の体細胞では、LMNA遺伝子から主にLAとLCが発現するが、HGPS細胞では、LA、LCに加えてPGが微量に発現する。この微量なPG発現が、HGPSの病態形成の本質となっていると考えられている。これまでの研究で、細胞分裂の間期にDNAを包む核膜が一部破れて孔が開いた場合、LCが迅速に集積して修復に関与する一方、LAはLCよりも遅れて局在することが分かっていた。しかし、LAの遅延の理由や、LMNA遺伝子の異常スプライシングによって発現するPGの核膜修復への影響については未解明だった。
HGPSマウス由来細胞、核膜修復は正常細胞に比べ遅延
今回、研究グループは、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて任意の細胞核を圧縮し、核膜を破損(ラプチャー)させる技術を活用した。HGPSモデルマウス由来の細胞を解析した結果、正常細胞に比べて核膜修復が遅延することを発見した。
核膜修復遅延は、ファルネシル転移酵素阻害薬ロナファルニブによって改善
さらに、共焦点蛍光顕微鏡の局所的なレーザー照射技術による核膜ラプチャー実験では、PGはLAよりもさらに遅れて破損部位へ局在することを確認した。また、HGPS細胞では、LCやLAの修復動態も正常細胞に比べ遅延することが明らかになった。また、これらの遅延は、ファルネシル転移酵素阻害薬ロナファルニブによって改善され、PGやLAの核膜修復が促進されることも明らかになった。
LAのテール領域に破損部位局在を遅延させる配列発見
さらに、LAとLCの集積動態に差が生じるメカニズムとして、LAのテール領域にLCと比べてLAの局在を遅延させる2つの配列(LACS1/2)が存在することを発見した。
LMNA遺伝子変異によるラミノパチー疾患のメカニズム解明・治療法開発に役立つと期待
今回の研究により、HGPSにおいて核膜修復が遅延するメカニズムと、LA、PGのファルネシル転移酵素阻害薬であるロナファルニブがその改善に寄与することが示された。これらの知見は、HGPSのみならず、LMNA遺伝子の変異によって引き起こされるラミノパチーと総称される疾患の発症メカニズム解明や、新たな治療法開発に役立つことが期待される。「今回の研究の結果からLAとLCがそれぞれ異なる役割を果たすことが強く示唆されており、これまで同一のタンパク質であるかのように扱われてきたLAとLCの生物学的意義について、基礎研究のさらなる発展が見込まれる」と、研究グループは述べている。
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