病的CNV非検出のASD患者+両親を対象に、全ゲノムシーケンス解析を実施
名古屋大学は12月11日、日本人の自閉スペクトラム症(ASD)トリオ家系(子・両親からなる組)に対して全ゲノムシーケンス解析を実施し、一塩基バリアントから構造バリアント、短鎖リピート配列、ミトコンドリアバリアント、ポリジェニックリスクスコアまで幅広い種類のバリアントを探索し、その結果を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の古川佐和子博士課程学生、同大医学部附属病院ゲノム医療センターの久島周病院講師、同大大学院医学系研究科の池田匡志教授、尾崎紀夫特任教授、環境医学研究所の荻朋男教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Psychiatry and Clinical Neurosciences」に掲載されている。
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ASDは社会的コミュニケーションや対人関係の障害、パターン化した興味や活動といった特徴をもつ神経発達症。有病率は約1%と報告され、発症には遺伝要因が強く関与する。21世紀のゲノム解析手法の著しい発展により、ASD関連の一塩基バリアントやコピー数バリアント(CNV)が全エクソームシーケンス解析やアレイCGHにより検出されてきた。しかし、これらの手法は小規模のCNVやCNV以外の構造バリアントは検出できない。この課題を克服する全ゲノムシーケンス解析は欧米諸国では行われ始めていたが、日本人のASD患者での実施例の報告はなかった。
そこで研究グループは今回、以前に行った研究で病的意義のあるCNVが検出されていないASD患者57人および両親のDNAに対して全ゲノムシーケンス解析を実施。次世代シーケンサーから出力されたデータに基づき、全ゲノム領域にわたる一塩基バリアント、構造バリアント、短鎖リピート配列を検出した。検出したバリアントのうち、常染色体顕性遺伝形式が想定されるdenovoバリアント(患者にはあって両親にはないバリアント)、常染色体潜性遺伝形式およびX連鎖性潜性遺伝形式が想定されるバリアントを抽出し、その中でもタンパク質機能に影響を及ぼし得るバリアントに着目した。
患者31.6%からASD関連遺伝子上の病的バリアント候補検出、知的発達症ありでは43.5%
その結果、タンパク質機能に影響を及ぼし得るバリアントのうち、既知のASD関連遺伝子上にあるバリアント(病的バリアントの候補)が57人中18人(31.6%)に検出された。知的発達症を伴う23人のASD患者では10人(43.5%)に既知のASD関連遺伝子上にあるバリアントが検出された。
病態に関わる遺伝子セット、成長制御とATP依存性クロマチンリモデリング活性に集積
また、既知のASD関連遺伝子にかかわらず、タンパク質機能に影響を及ぼし得るバリアントがある遺伝子に着目し、遺伝子オントロジー解析により病態に関わる遺伝子セットを探索した結果、「成長の制御」と「ATP依存性クロマチンリモデリング活性」に集積していた。
AlphaFold3で立体構造を予測、PTENタンパク質コード遺伝子バリアントと判明
さらに検出されたバリアント情報を使用して、近年話題となっているタンパク質の立体構造予測ソフトウェア「AlphaFold3」を用いて、患者に検出されたバリアント由来のタンパク質の立体構造を予測した。その結果、細胞の増殖を制御するPTENタンパク質をコードする遺伝子のバリアントで、野生型と異なるパターンを示す可能性が示唆された。同バリアントは既報でPTENタンパク質の核への移行を阻害することが知られており、AlphaFold3で予測されたバリアント由来タンパク質の立体構造と機能的意義を関連づける例となった。
今回の成果を含むゲノム解析の結果を活用することで「コミュニケーションの特性」などの症状からASDと診断されていた患者に対し、病態に基づいた遺伝学的診断につながる。病態ベースの診断により、ASDに関するより確かなエビデンスを作り、患者に還元することが期待される、と研究グループは述べている。
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