治療効果の予測や最適化、新治療法の開発に向け遺伝子レベルで分類
国立がん研究センターは12月10日、肺がん遺伝子スクリーニング基盤「LC-SCRUM-Asia」の臨床ゲノムデータベースを用いて、小細胞肺がん1,035例を対象とした研究を行い、944例において遺伝子解析に成功し、遺伝子の変化によって5つのサブグループに分類可能であることがわかったと発表した。この研究は、同センター東病院呼吸器内科の後藤功一科長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Thoracic Oncology」に掲載されている。
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肺がんは現在、日本人のがん死因の第1位である。日本人の肺がんのうち約90%を占める非小細胞肺がんは、近年多くの分子標的治療薬が開発され、治療成績の著しい改善が認められている。一方、肺がんのうち10~15%を占める小細胞肺がんは、5年生存率約10%と予後の悪いがんである。
小細胞肺がんは、非小細胞肺がんとは対照的に、新しい治療手段の開発が乏しく、治療成績の改善が大きな課題だ。その理由として、小細胞肺がんがこれまで単一の疾患として診断・治療されてきたため、患者の遺伝子やタンパク質などの分子レベルでの特徴を捉える個別化医療を目指した研究が立ち遅れていたことが挙げられる。
研究グループは、1,000例を超える小細胞肺がん患者さんが登録されているLC-SCRUM-Asiaの臨床ゲノムデータベースを用いて、小細胞肺がんの遺伝子変化と患者の臨床経過および治療の効果を調べた。小細胞肺がんを、遺伝子の変化に基づいてサブグループに分類することにより、治療効果の予測や最適化、新たな治療法の開発に役立てることができないかと考え、研究を進めた。
LC-SCRUM-Asia登録患者944例の遺伝子解析データから5群へ分類に成功
2015年7月~2020年3月の間にLC-SCRUM-Asiaに登録された小細胞肺がん患者1,035例を対象に、がん組織の遺伝子変化を、次世代シーケンサーを用いたがん遺伝子パネル検査で解析した。この方法では、個々のがん患者のサンプルについて、一度に143~161個の遺伝子について調べることが可能だ。その結果、944例において遺伝子解析が成功し、遺伝子変化の種類に応じて5つのサブグループに分類することに成功した。
新たな治療薬が開発できる可能性がある2群を発見
5つのサブグループは次の通り。グループA(NSCLC-subgroup):非小細胞肺がんに関連した遺伝子変化を有するサブグループ(8.5%)。グループB(MYC-subgroup):MYCファミリー遺伝子増幅を有するサブグループ(13%)。グループC(Hotspot-subgroup):さまざまながんで比較的高頻度に認められ、治療標的となりうる遺伝子変異を有するサブグループ(3.0%)。グループD(PI3K-subgroup):PI3K/AKT/mTOR経路の遺伝子変異を有するサブグループ(7.4%)。グループE(HME-subgroup):ヒストン修飾酵素に遺伝子変異を有するサブグループ(17.6%)。
グループA(NSCLC-subgroup)またはグループB(MYC-subgroup)に属する小細胞肺がんは、それ以外の小細胞肺がんと比較して、従来のプラチナ製剤を併用した化学療法における無増悪生存期間(PFS)が短く、治療効果が乏しいことがわかった。また、グループC (3%)の患者には、さまざまながんで一般的に高頻度に認められ、かつ治療標的となりうる遺伝子変異を認めた。そしてグループD (7.4%)の患者には、PI3K/AKT/mTOR経路の遺伝子変異が認められた。これら2つのサブグループでは、遺伝子の変異に基づいて新たな治療薬が開発できる可能性がある。
ヒストン修飾酵素遺伝子が変異の群、PD-1/PD-L1阻害薬使用の患者は生存期間長い
ヒストン修飾酵素の遺伝子変異は、小細胞肺がんで比較的高頻度に認められることがこれまでにも報告されている。今回、ヒストン修飾酵素の遺伝子変異に関しては、632人で評価が可能だった。ヒストン修飾酵素に遺伝子変異を有する小細胞肺がんは、17.6%であり、これらをグループE(HME-subgroup)と定義した。代表的な免疫チェックポイント阻害薬として広く用いられているPD-1/PD-L1阻害薬を使用した患者30人の中で、グループEに属する患者は、そうでない患者と比較して、生存期間が有意に長いことが明らかになった。このことは、グループEの患者において、免疫チェックポイント阻害剤が有用となる可能性を示している。
約半数の分類不能群、マルチオミックス解析を用いたより精緻な分類に期待
小細胞肺がんの遺伝子変化と治療に対する反応性の違いを、大規模な臨床ゲノムデータベースを用いて解明した初めての研究となった。小細胞肺がんを5つのサブグループに分類し、既存のプラチナ製剤を併用した化学療法や免疫チェックポイント阻害剤がどのグループで有効であるかを明らかにしたことは、今後の治療開発を行っていく上で重要な知見であると考えられる。
「研究成果を通じて、小細胞肺がんの個別化医療を推進し、より多くの患者の治療成績の改善に貢献していきたいと考えている。一方、今回の研究では小細胞肺がんの約半数が、5つのサブグループのいずれにも分類されなかった。これは小細胞肺がんに対する遺伝子の変化に基づいた分類の限界を示している。これら分類不能群に関しては、遺伝子の変化以外にも、タンパク質やRNAといったさまざまな分子の情報を包括的に解析する技術(マルチオミックス)を用いた、より精緻な分類が期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース