妊娠期の座位行動のエビデンスは限定的、大規模な研究が求められていた
富山大学は12月9日、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて、約8万4,000人の女性の妊娠前と妊娠中の座位行動の実態を調べた結果を発表した。この研究は、同大学術研究部医学系公衆衛生学講座の長井麻希江協力研究員と土田暁子助教の研究グループによるもの。研究成果は、「BMC Public Health」に掲載されている。
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テレビ視聴、ゲーム、パソコン作業といった「座ってする行動」や、「眠ってはいないが寝転がって過ごすこと」は、動作が非常に少ないため筋肉をほとんど使わない行動である。こういった行動は「座位行動」と呼ばれ、生命維持に必要な最低限のエネルギーである「基礎代謝量」とほぼ同じエネルギーしか消費しない。近年、身体活動習慣がある場合でも、座位行動が多いことは健康を害する要因になるという研究報告が増えている。そのため、世界保健機関は身体活動および座位行動に関するガイドライン2020において、「身体活動を増やし、座位行動を減らすことにより、すべての人が健康効果を得られる」というメッセージを世界に向けて発信している。
妊娠期は、つわりなどによる体調不良や、体重増加によって活動的になれないといった理由から一般的に身体活動が減り座位行動が増えやすいと言われている。また、これまでに、妊娠中の座位行動が多いと、妊娠糖尿病の発症率が上がるほか、胎児の成長阻害や巨大児のリスクが高まるとの報告もあり、母体や胎児への悪影響も指摘されている。WHOのガイドラインは、妊娠期は医療的な問題がなければ通常の成人と同程度の身体活動をし、座りすぎはできるだけ減らすことを推奨している。その一方で妊娠期の座位行動に関するエビデンスは非常に限られているとして、大規模な研究が求められていた。
妊娠前・中の座位行動の実態を検討、エコチル調査より
そこで今回の研究では、全国規模の出生コホートである「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」から得られた大規模データを分析し、妊娠前の座位行動と妊娠中の座位行動の実態を調べた。座位行動が多くなるかどうかは生活習慣、健康状態や家庭における役割などにも関係していると考えられるが、妊娠中の座位行動を多くしてしまう要因にはどういったものがあるのかを検討した。
エコチル調査には、北海道から沖縄まで、日本全国の15か所の研究拠点で調査に同意した妊婦が約10万人登録された。登録の手続きは、調査スタッフが、妊娠がわかった女性に直接会って調査内容を説明し、同意をいただくことで実施した。エコチル調査そのものは環境省および関係研究機関すべてで倫理審査を受け、この度発表した座位行動に関する課題については富山大学の倫理審査の承認を得てから実施している。
妊娠前の座位行動は、同意時(基本的に妊娠前期)に渡した初回アンケートで、妊娠中の座位行動は妊娠中後期に渡した2回目のアンケートで情報収集した。座位行動の評価は、世界的によく使われている国際標準化身体活動質問票短縮版の「平日には、通常、1日合計してどのくらいの時間座ったり寝転んだりして過ごしますか?」という質問を用いた。回答者は「1日[ ]時間、[ ]分」という回答フォームに手書きで回答し、スキャナーで読み取ってエコチル調査の専用サーバーにデータを登録した。手書きによる回答であるため、時間の欄に「24」以上、分の欄に「60」以上という記入をされた方もごくわずかにいた。こういった論理的ではない回答は未記入として変換処理した。また、日本国内で行われた過去の類似の研究と同様に1日の座位時間が17時間以上になる回答についても論理的にあり得ないと判定し、未記入に変換した。その結果、8万3,733人の妊娠前と妊娠中(妊娠中後期)の座位行動時間が特定できた。
さらに、これまでの研究で、1日の座位行動が8時間以上あることが健康リスクとして懸念されているため、今回の研究も同様に8時間以上という区切りに着目することにした。妊娠中に8時間以上になることはどういった要因と関連するか、解析可能であった21項目との関連を多変量ロジスティック回帰分析にて検討した。
妊娠期間中の平均座位行動時間、8時間以上の座位行動の割合が増加
座位行動について得られた8万3,733人の回答から、妊娠前の座位行動時間は平均5.4時間(標準偏差3.4時間)、妊娠中の座位行動時間は平均5.9時間(標準偏差3.5時間)であることが明らかになった。また、1日の座位行動が8時間以上であった人(8h以上群)の割合は、妊娠前は25.6%だったが、妊娠中は31.2%に増加していた。
日本人成人(男性を含む)5,346人を対象とした過去の研究で報告された座位行動時間は1日平均5.3時間(標準偏差3.7時間)、8時間以上群は25.3%であった。今回明らかになった妊娠前の結果は、先行研究で示された日本人成人の値とほぼ同様であるため、同研究の対象者は、日本人成人における一般的な傾向を有していると考えられる。したがって同研究では、日本人成人の一般的な傾向を示す集団から、妊娠期間中は平均の座位行動時間が増加し、8時間以上の座位行動をする人の割合が増加することを明確に示すことができたと言える。
妊娠中の座位行動を多くする要因、妊娠前にテレビ視聴・ゲーム時間が長いなど
次に、妊娠中の座位行動が8時間を超えてしまうことと何が関係しているのかを調べ、長時間の座位行動を防ぐ対策があるか検討した。この検討においては、1)妊娠前に8時間未満だったが、妊娠中に8時間以上になる場合、2)妊娠前に8時間以上だったが、妊娠中もそのまま8時間以上になる場合、という2つの場合に分けた。
1)妊娠前に8時間未満だったが、妊娠中に8時間以上になる場合では、対象となるのは6万2,349人であり、そのうちの1万2,668人(20.3%)が妊娠中に座位行動が8時間以上になったことがわかった。関連した項目は、下記の通り。
・妊娠前のテレビ視聴時間が長い
・妊娠前のゲーム時間が長い
・妊娠前に中強度の身体活動を週150分以上実施しない
・妊娠前期の睡眠時間が短い
・妊娠前期に飲酒するあるいはその後も飲酒を継続する
・妊娠前期の身体的・心理的健康関連QOLが低い
・妊娠前期に就労していない
・世帯収入が低い
・初産婦である
・多胎妊娠である
・教育歴が高卒未満または大卒以上である
・住居が一戸建てよりも集合住宅住まいの場合
・妊娠12週までに吐いて食事ができないほどのつわりがない
・身近な人の死亡や借金などのストレスイベントがあった
一方、登録時の年齢、妊娠前のBMI、生殖医療による受胎、妊娠前期の喫煙状況、妊娠前期の心理的ストレス、犬の飼育については、座位行動が8時間以上になることとは関係しなかった。
次に、2)妊娠前に8時間以上だったが、妊娠中もそのまま8時間以上になる場合では、対象となるのは2万1,384人であり、そのうちの1万3,472人(63.0%)が妊娠中に座位行動が8時間以上になることがわかった。関連した項目は、下記の通り。
・妊娠前のテレビ視聴時間が長い
・妊娠前のゲーム時間が長い
・妊娠前に中強度の身体活動を週150分以上実施しない
・妊娠前期の睡眠時間が短い
・一度も喫煙したことがない
・妊娠中も飲酒を継続している
・妊娠前期の身体的健康関連QOLが低い
・妊娠前期に就労している
・世帯収入が高い
・登録時の年齢が30歳以上
・初産婦である
・妊娠前のBMIが18.5未満
・教育歴が高卒未満である
・妊娠前期の心理的ストレスが高い(K6スコア13点以上)
・犬の飼育をしていない
一方、多胎妊娠、生殖医療による受胎、住居形態(一戸建て/集合住宅)、妊娠12週までのつわり症状については、座位行動が8時間以上になることとは関係しなかった。
妊娠前からの習慣見直しで座位行動減の可能性
以上の結果より、妊娠前の座位行動の長さにかかわらず、テレビ視聴時間とゲームの時間が長いことと、中強度の身体活動を週150分以上実施する習慣がない人は、妊娠中の座位行動が8時間以上となる傾向があった。そのため、妊娠前からこれらの習慣を見直すことで、座位行動を減らすことが可能かもしれないとしている。
そのほかの就労状況や世帯収入などいくつかの項目で関連が見られたが、予防のために状況を変えにくい項目が多い。そのうち、初産婦であるという点も状況を変えられる項目ではないが、初産婦にはじっとしている時間が長くなりがちであることを伝え、こまめに活動するよう声掛けするのが良い可能性がある。また、妊娠前の座位行動が8時間未満の場合、1戸建てより集合住宅のほうが妊娠中の座位行動が長くなる方が多いようである。これに関しても、このような状況があることを伝え、意識してもらう必要があるかもしれないとしている。
また、妊娠前の座位行動が8時間以上だった人にとって、犬を飼育していると妊娠中に8時間未満となる傾向が見られた。これらの方は、妊娠期に産前休暇などで余暇が生まれた際に犬と散歩することで座位行動を減らせたのかもしれない。犬の飼育については、すべての人にお勧めできる項目ではないが、研究グループの先行研究で妊娠中の精神健康にプラスに働く可能性が示唆されている。もし、犬の飼育を検討されているのであればこれらの研究を踏まえ前向きに考えてもよいのかもしれない、としている。
今後、客観的・主観的評価の両面からのエビデンス蓄積に期待
今回の研究は、課題もある。まず、同研究における座位行動の評価は、自己回答式の質問票によるものである。また、妊娠前の座位行動については妊娠初期に過去を振り返って回答してもらったため、思い出すことによるバイアスが生じている可能性がある。そのため、今後は、活動量計などのより精度の高い客観的評価法で、2時点の座位行動を評価する必要があるといえる。一方、手軽に大規模な集団にアプローチできる質問票による手法の良さもあるため、客観的評価と主観的評価の両面からのエビデンスの蓄積が望まれる、と研究グループは述べている。
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