遺伝子変異が少ない手足型メラノーマ、欧米型ほど免疫療法の効果高くない
札幌医科大学は12月5日、日本人に多いタイプのメラノーマにおける免疫環境を詳細に解析し、免疫応答の抑制メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大医学部病理学第一講座の村田憲治特任助教、廣橋良彦准教授、鳥越俊彦教授、皮膚科学講座の箕輪智幸大学院生、宇原久教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Translational Medicine」にオンライン掲載されている。
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皮膚の色は、メラノサイトという細胞が産生するメラニンという色素の量で決まり、メラノサイトは皮膚に広く存在する。メラノサイトががん化した悪性腫瘍はメラノーマと言われる皮膚がんになる。がんが体の他の部分に広がった場合、5年後に生存している確率は約10%と非常に低いものだった。しかし、自分の免疫の力を利用してがんを攻撃する「がん免疫療法」が登場し、手術や放射線治療、抗がん剤治療に続く第4の治療法として、進行したメラノーマでも治療成績を改善している。
メラノーマは発生する場所によって種類が分かれる。例えば、慢性的な日光暴露によって誘発される顔、体などの紫外線誘発型メラノーマと、日光と関係なく手のひらや足の裏にできる手足型のメラノーマなどである。欧米では、紫外線誘発型メラノーマが約80%を占めるのに対し、手足型のメラノーマは非常に少なく、全体の1%ほどしかない。一方、日本では手足型のメラノーマが約50%を占めるという特徴がある。この違いから紫外線誘発型のメラノーマは欧米型、手足型のメラノーマは日本人型とも呼ぶ。
欧米型メラノーマは、紫外線による遺伝子変異が多く、変異したタンパク質(ネオアンチゲン)はT細胞のよい標的で、免疫療法が効きやすいのが特徴である。しかし、日本人型メラノーマは紫外線をあまり浴びない部位にできるため、遺伝子変異が少なく、免疫療法の効果が欧米型ほど高くないことが課題となっている。これまでの研究は、欧米型メラノーマを中心に進められてきたが、免疫の働きが異なると考えられる日本人型メラノーマについての研究はあまり進んでいなかった。研究グループは、日本人型メラノーマは、日本が世界をリードして研究を進めるべき分野であると考え、今回の研究では、日本人に多い手足型のメラノーマに入り込む免疫細胞を詳しく解析し、このタイプのメラノーマに適した免疫療法の新たな標的を探ることを目的とした。
手足型メラノーマのT細胞を解析、制御性T細胞が免疫を抑え込む環境を示唆
治療前の手足型メラノーマ5例から、がんに入り込んだ免疫細胞を分離し、最新の技術を使って約3万8,000個のT細胞の遺伝子情報を一つひとつ分析した。その結果、CD4陽性T細胞には免疫の働きを抑える制御性T細胞集団が多く見られ、CD8陽性T細胞ではがんと闘う力が弱まった疲弊細胞が多いことがわかった。さらに、欧米型メラノーマと比べても、手足型メラノーマには制御性T細胞が多く存在し、この細胞が免疫を抑え込む環境を作っている可能性が示された。
手足型T細胞の攻撃対象はネオアンチゲンではない
がん細胞は特有の目印があり、T細胞はその目印を認識するためのアンテナ(T細胞受容体)を持っている。T細胞ごとにアンテナの種類は異なり、異なる目印をキャッチする。研究グループは、腫瘍に入り込んでいるCD8陽性T細胞のアンテナの遺伝子情報を調べ、その情報を元に同じアンテナを持つT細胞を人工的に作った。それを患者由来のがん細胞と一緒に培養したところ、20種類のアンテナのうち13種類ががん細胞に反応した。さらに、反応した13種類のT細胞がキャッチしている目印を調べた結果、遺伝子変異をもったタンパク質(ネオアンチゲン)ではないことがわかった。つまり、欧米型メラノーマと手足型メラノーマでは、T細胞の攻撃対象が異なっている可能性が示された。
NK細胞が本来持つ「NKG2A」ブレーキ、がん細胞攻撃T細胞で発現
また、腫瘍に反応するアンテナ(T細胞受容体)を持った2,449個のCD8陽性T細胞をさらに詳しく調べた結果、がん細胞に反応するT細胞には、増殖力が特に高く、がん細胞を攻撃する能力に優れたグループが存在することがわかった。これまで、腫瘍に反応するT細胞はさまざまな種類のブレーキとなるタンパク質(免疫チェックポイント分子)を発現することが知られていたが、その発現にはばらつきがあった。今回の研究で、特にそのグループが、NK細胞という別の細胞が本来持つとされていた「NKG2A」というブレーキを多く発現していることが明らかになった。
NKG2Aを標的とする抗体、PD-1抗体と併用で相乗効果確認
このNKG2Aを標的にした抗体でブレーキが入らないようにすると、がんに反応するT細胞がさらに活性化し、がん細胞を攻撃する力が高まった。さらに、現在治療に使われているPD-1を標的とした抗体とNKG2Aを標的とする抗体を併用すると、相乗効果が確認された。この結果から、日本人に多い手足型メラノーマでは、PD-1だけでなくNKG2Aも免疫を抑える重要なブレーキである可能性が示された。
今回の研究では、手足型メラノーマの大きな特徴2点を解明した。1点目は、腫瘍に入り込んだT細胞は、紫外線誘発型メラノーマと異なり、ネオアンチゲンを標的としていないこと、2点目は、PD-1のみならず、NKG2Aという、新たな免疫チェックポイント分子が免疫抑制のカギとなる可能性があることだ。このように、患者検体を1細胞レベルで解析する事により、これまで見えていなかった現象が解明できるようになった。今後、手足型メラノーマにおける腫瘍に浸潤したリンパ球の腫瘍反応性に焦点をあてた研究が加速されると思われる。「また、1細胞免疫プロファイリングから得られた知見は、手足型メラノーマにおけるより洗練された免疫療法アプローチの開発に道筋を開くことが期待される」と、研究グループは述べている。
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