赤血球増やすエリスロポエチン、胎児期に神経系細胞からつくられる仕組みは不明
東北大学は12月4日、赤血球をつくる前の幼若な胎児は低酸素状態に陥っており、それがきっかけとなり、赤血球を増やすホルモン「エリスロポエチン」が神経系の未熟な細胞から分泌されることを発見したと発表した。この研究は、同大医学系研究科酸素医学分野・未来科学技術共同研究センターの鈴木教郎教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular and Cellular Biology」に掲載されている。
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ヒトは酸素を利用して生命活動に必要なエネルギーを生み出しているため、酸素の不足(低酸素状態)は生命の存続を脅かす重大なストレスとなる。赤血球は生体内のあらゆる臓器に酸素を運搬するという重要な役割を担っているが、胎児の初期段階では、子宮内で胎児が赤血球も血管ももたないまま成長(個体発生)する。そのため、赤血球や血管が形成される前の幼若な胎児は、母体の赤血球から拡散される少量の酸素に依存しながら身体を大きくする必要があり、重篤な低酸素状態に陥っていると考えられていた。
研究グループは、これまでに赤血球をつくるために必要なホルモン「エリスロポエチン」が胎児期には神経系の細胞から分泌されることを発見した。また、神経系細胞がエリスロポエチンを分泌する期間は短く、肝臓ができあがるとすぐに肝臓の細胞にエリスロポエチン分泌の役目を引き継ぐことも明らかにした。神経系細胞からのエリスロポエチンは、胎児が最初に赤血球をつくるために必要であることがわかっていたが、神経系細胞でエリスロポエチンがつくられる仕組みは不明だった。
一方、成体では腎臓の細胞が低酸素状態を感知するとエリスロポエチンを分泌し、赤血球を増やすことがわかっている。この仕組みにより、摂取する酸素が少ない環境でも全身への酸素供給の効率を維持することができる。持久力を必要とするアスリートが酸素の少ない高地でトレーニングを行う目的の1つは、エリスロポエチンの分泌を高めることにある。
未熟な神経系細胞、胎児が低酸素状態にさらされるとエリスロポエチンを分泌すると判明
研究グループは、幼若な胎児に必然的に出現する低酸素環境が神経系細胞におけるエリスロポエチン分泌と関連すると考え、赤血球をつくる前の胎児が低酸素状態に陥っていることを、マウスを用いて確認した。また、エリスロポエチンを分泌する神経系の細胞は未熟な細胞であり、成熟するとエリスロポエチン分泌能を失うことをヒトおよびマウスの細胞を用いて明らかにした。さらに、成熟した神経系細胞に薬剤を用いて未熟な状態に戻す方法を確立し、未熟な状態に戻した細胞を低酸素状態にさらすとエリスロポエチン分泌能が維持されることを発見した。
これらの結果から、胎児期における赤血球生成には低酸素状態が重要な役割を果たしていることが示された。この発見は、「生命にとって酸素不足は有害である」という従来の概念とは逆説的な生命現象の存在を示している。
低酸素で神経系細胞の成熟は一旦停止、赤血球がつくられ低酸素解消すると成熟再開
また、幼若な胎児に特有の低酸素環境が神経系細胞の成熟を一旦停止させることにより、エリスロポエチン分泌に専念させていることが明らかとなった。エリスロポエチンによって赤血球がつくられ、母体から胎盤を通して効率よく酸素を受け取ることができるようになると、胎児の低酸素状態が解消されるため、神経系細胞の成熟が再開される。
生命科学研究の細胞培養実験に、酸素環境の考慮が重要である可能性を示唆
現在の生命科学研究では、細胞を体外で培養する実験が盛んに行われている。一方、胎児に限らず、体の中は細胞培養の環境よりも酸素濃度が著しく低く、未熟な細胞を体外で培養すると急速に成熟することが知られている。今回の研究の成果は、真の生命現象の理解には酸素環境を考慮した実験条件の設定が不可欠であるという提案につながり、今後の生命科学研究の手法に一石を投じている。
今回、胎児に特有の低酸素環境がエリスロポエチン分泌と神経系細胞の成熟阻止において重要な役割を担うことを示したが、このほかにもさまざまな臓器の形成に低酸素環境が関与すると考えられる。「今後、酸素環境が胎児の成長(個体発生)を司る現象が次々と解明され、胎児期の酸素環境に対する理解が進むことにより、母体の生活環境が胎児に及ぼす影響も明らかになると期待される」と、研究グループは述べている。
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