同種造血幹細胞移植の強化型前処置、用いるべき集団の特定は困難
京都大学は11月28日、急性リンパ芽球性白血病(ALL)に対する同種造血幹細胞移植(HSCT)において前処置強化で恩恵を受けられる患者集団(High-benefit群)を人工知能に基づいたベイズ因果フォレスト(BCF)アルゴリズムを活用して同定、これらの集団に強化型前処置を適用するアプローチ(High-benefit approach)によりALL患者の移植後予後を改善できる可能性を示したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院検査部・細胞療法センターの城友泰助教、新井康之講師、白眉センター・社会疫学の井上浩輔特定准教授、日本造血細胞移植データセンターの熱田由子センター長(兼:愛知医科大学教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Medicine」にオンライン掲載されている。
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HSCTは、大量の抗がん剤投与や全身放射線照射による前処置を行った後に、ドナー造血幹細胞を移植する治療。ALLなどの血液疾患の患者に治癒をもたらし得る治療法だが、原疾患の再発と、治療に関連した合併症による死亡(TRM)が課題である。
移植成績の改善を目指して、移植法の工夫が行われている。なかでも、前処置強度を高める手法(強化型前処置)は再発リスクを低減することを目的に開発されたが、標準型前処置と比べて諸臓器への影響が多く、TRMの増加が懸念される。そのため、症例ごとに強化型前処置を慎重に選択する必要がある。強化型前処置の効果を評価した過去の検討では、統計解析を容易に行うためのさまざまな仮定条件を設けるなど恣意性が避けられないことや、多数の因子が強化型前処置の効果に影響するため因子間の複雑な交互作用を十分に処理できず、強化型前処置の恩恵を受けられる群の同定は困難だった。
ALLでHSCT実施の4,652人のデータ、BCF用いて強化型前処置の改善効果を評価
研究グループは、機械学習に基づくBCFを用いて、標準型前処置と比べて、強化型前処置を選択することの効果を症例レベルで評価した。BCFは、介入(ここでは、強化型前処置を選択すること)の効果を症例レベルで予測して、効果の症例間の「異質性」を評価できる手法である。まず、研究グループは日本全国のHSCT実施施設において造血幹細胞移植の一元管理プログラム(TRUMP)に登録されたALLに対するHSCT後の患者4,652人のデータから、強化型前処置あるいは標準型前処置を用いて移植された患者各1,220例(計2,440例)を、背景を適合させて抽出した。ここにBCFを適用して、強化型前処置を選択することで各症例が得られる1年全生存(OS)の改善効果(=個別治療効果[Individualized treatment effect;ITE])を算出した。
個別治療効果が高いhigh-benefit群、若年・男性・T細胞性・疾患リスク高いなどが特徴
その結果、ITE値は広い分布を示し、症例ごとに強化型前処置を選択することによって得られる効果が異なる「異質性」が認められた。ITE値が高い症例(=high-benefit群「強化型前処置の恩恵を受けられると予測される症例」)は、そうでない症例(=low-benefit群)と比べて、若年、男性、T細胞性、疾患リスクが高いなどの特徴があった。また、実際にhigh-benefit群では、強化型前処置を受けた症例の方が、標準型前処置を受けた症例よりも、無病生存(DFS)が有意に良好で(HR、0.839;95%CI、0.717~0.983;p=0.030)、OSも良好な傾向を認め、TRMが増えることなく、再発が減る傾向が認められた。一方、low-benefit群では、強化型前処置による移植成績の改善効果は認められなかった。
high-benefit群に強化型前処置を選択するアプローチで1年死亡を5.9%減少
次に、high-benefit群に対象を絞って強化型前処置を選択するアプローチの有用性を評価したところ、症例全体の1年死亡を5.9%減少させる可能性が示された。一方、従来から実臨床で行われてきた再発リスクが高い集団に強化型前処置を選択するアプローチ(High-risk approach)は1年死亡を有意に減少させることはできなかった。これらの検討結果から、BCFモデルに基づいて、high-benefit群を対象に強化型前処置を選択することによって、ALLの移植後予後を向上できる可能性が示唆された。
機械を学習活用した造血幹細胞移植領域の個別化治療実現につながると期待
今回の研究によって、強化型前処置の効果は、症例ごとに大きく異なることが明らかになった。さまざまな因子が強化型前処置の効果に与える影響を総合的に評価できるBCFモデルを応用して、恩恵を受けられる集団に強化型前処置を選択するアプローチの有用性が示された。「今回の研究は、機械学習を活用して造血幹細胞移植領域における個別化治療を実現する足掛かりになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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