人工呼吸器ケア、看護基礎教育での実践不足が課題
北海道大学は11月22日、世界初の人工呼吸器装着中の気管内吸引がトレーニングできるクロスリアリティ(Cross Reality:XR)シミュレータを開発したと発表した。この研究は、同大大学院保健科学研究院のコリー紀代助教、広島国際大学の二宮伸治教授、香川大学の小水内俊介准教授、名古屋市立大学の中村美鈴教授、国際医療福祉大学大学院の五十嵐真里講師、九州工業大学井上創造研究室の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Nursing Care & Reports」に掲載されている。
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在宅人工呼吸器装着児数は2005年の推計264人から、2020年には約19倍と加速度的に増加を続けている。24時間365日のケア提供体制を必要とするため、保護者のみでのサービス提供はケアの負担が大きく、介護離職やダブル介護が課題とされていた。そこで、コリー助教らは医療的ケア児の保護者対象のアンケート調査を実施。「在宅看護サービス不足」と「人工呼吸器という急性期看護の知識・スキルと障がい児の両領域にまたがるスキルを持つ看護師不足」の2つの要因によるサービス提供不足であることが明確化された。一方で、看護系大学における人工呼吸器ケアの教育機会は、卒後のOn the Job Trainingが主流であり、看護基礎教育期におけるシミュレーション教育機会が不十分であった。
既存のシミュレータでトレーニング不可の「人工呼吸器装着中の気管内吸引」が可能に
そのため、研究グループは国産の安価なシミュレータ開発の必要性を強く認識し、研究を開始した。まず、人工呼吸器ケアに必須のケアである気管内吸引カテーテル操作の計測を開始。カテーテル操作は、気管支モデルの内壁の粘性にも影響を受けると考え、粘膜付き気道モデルの開発をはじめ、カテーテル操作と吸痰量の関係性の調査、気管内吸引中の接触による感染症伝播を防ぐ気管内吸引法の検討等の周辺領域の研究をした。その後、科学研究費助成事業基盤研究(B)「即時判断力と巧緻性を向上する3D映像投影シミュレータの開発」で、気管内吸引カテーテルの操作の巧緻により、チアノーゼ、表情変化、酸素飽和度等の生体反応の変化を呈示するプロジェクションマッピングシミュレータ、Endotracheal Suctioning Training Environment Simulator(ESTE-SIM:エステシム)を開発。続いて、基盤研究(B)「シミュレーション医療教育標準化のための日本発仮想患者モジュールの開発」、基盤研究(B)「「教育と臨床の乖離」に架橋する在宅人工呼吸器複合現実シミュレータの開発」により、人工呼吸器トレーニングアプリSimmarとESTE-SIMが統合された。人工呼吸器トレーニングシナリオを作成、「人工呼吸器装着中の気管内吸引トレーニング」が可能な世界初のXRシミュレータ:Simmar+ESTE-SIMを開発した。Simmar+ESTE-SIMにより、既存のシミュレータではトレーニングできなかった「人工呼吸器装着中の気管内吸引」というマルチタスクトレーニングが可能となった。
表情変化再現、患者の尊厳に配慮したケア訓練も
学習効果に関しては、4年次学生と看護師免許を有する大学教員がSimmar+ESTE-SIMを用いたシミュレーション演習に参加した際のアンケート結果により、リアルさ、手軽さ、学習の動機づけ効果、学習時間の適切性、学習時間と内容のバランスについて、両群から4点満点中3以上と評価された。また、扱う学習内容の範囲に関しては、学生群は4段階評価のうち全員が「急変時の人工呼吸器導入の判断」「人工呼吸器のメカニズム」「人工呼吸器の準備と設定」「呼吸モードが機種によって異なること」「患者の呼吸状態に合わせた呼吸器管理」「呼吸器管理に関するトラブル対応」のいずれにおいても、4点(とても必要)と評価。教員群の自由記載欄には、表情変化があることにより、患者の人間としての尊厳に配慮したケア提供のトレーニングが可能となったという記述が認められた。アンケート結果の主成分分析の結果、教育内容の難易度とモチベーションのバランス(Achievability:到達可能性)と学習時間、コスト、学習効果のバランス(Feasibility:適用可能性)の2つの主成分が抽出され、これらの因子がシミュレータ教育を導入する際の判断基準となっていることが示唆された。
医療的ケア児と家族・ヤングケアラーらへの支援体制の充実に期待
新人看護師が集中治療室などの急性期病棟に配属された際の、リアリティショックの軽減に向けた学部教育プログラムの検討が可能となった。文部科学省の令和6年度概算要求においても、「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業(社会的な要請に対応できる看護師の養成)」が開始され、医療的ケアを実施できる看護師の養成が求められている。今後は、概算要求事業の方針に従ったシミュレーション教育の開発を続けるほか、Simmar+ESTE-SIMの実用化と社会実装に向けた開発と共に、互換性のあるシミュレータの開発を継続する方針だとしている。
また、そのほかに期待される効果としては、同シミュレータを用いることにより、医療的ケア児と家族に対する在宅ケアサービスが充実することで、意図しない介護離職やヤングケアラー数が減少し、当事者・家族の声(社会的ニード)を反映した実習前後OSCE・看護教育プログラムの検討が可能となる。国内の普及のみならず、国際共同研究ネットワークの構築を進めることにより、看護学教育の国際標準に準じたカリキュラム開発への発展を目指す、と研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース