ASD児の注意特性と衝突リスクの関係を検討
東京都立大学は11月18日、自閉スペクトラム症(ASD)児は先の情報に対する視線移動量が少なく、結果的に衝突が生じていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院人間健康科学研究科 樋口貴広教授、菊地謙氏(当時大学院生)、こどもとかぞくのサポートルームKNOT 本田真美医師、馬場悠輔代表、慶應義塾大学文学部 北洋輔准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cortex」に掲載されている。
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これまで、ASD児の衝突のしやすさについては指摘されてきたものの、その原因は明確ではなかった。そこで研究グループは、ASD児は自身の身体と環境との空間的な関係を知覚するのが苦手なことや、複数の動作を1つの連続動作として計画することが苦手なことに着目。そして、それら苦手さの背景に「部分処理特性」と呼ばれるASD児特有の注意特性があると考えた。もしこの考えが正しければ、複数の動作中に計画的な障害物回避が求められる場面において、ASD児は環境情報全体に注意を向けることができず、衝突リスクが増大するはずだ。
この考えに基づいて独自に先を見越した行為選択が求められる障害物回避課題を作成し、環境情報全体に注意を向けられないことから、頻回な衝突行動がみられるかを検証した。
ASD児は出口隙間幅への視線移動量少、環境情報全体に注意を向けず衝突リスク増大
研究では、年齢と性別構成を一致させたASD群と定型発達群の双方を対象に、同実験で作成した「障害物回避による行為選択」課題を行った。この課題において重要なことは、障害物回避行動を選択するまでに、拡大された入口隙間幅に騙されることなく出口隙間幅のサイズを見極めることができるか否かという点にある。視線行動を確認するために、参加児には視線解析装置を装着してもらった。
この課題における衝突数をASD群と定型発達群で比較した結果、ASD群は有意に衝突回数が多いことが明らかとなった。視線解析の結果では、ASD群は定型発達群よりも出口隙間幅への視線移動量が少ないことが判明。加えて、ASD群は出口隙間幅を見ていない時ほど衝突行動を示すことから、先を見越して運動を計画立てることができていないことが明らかになった。同結果は、環境情報全体に注意を向けていないことで衝突リスクの増大につながるという仮説に一致した。
目先の行為を1つずつ計画・遂行するために隙間通過直前に行為選択を行っている可能性
さらに、障害物を回避するための行為選択を行う直前で一度静止もしくは隙間通過を試みた後に、障害物の上方を迂回しようとする行動がASD群に多く認められた(行為選択の変更)。この行動は、ASD児が目先の行為を1つずつ計画・遂行するために、隙間通過直前になって行為選択を行っていることを示している可能性がある。
安全管理の観点で言えば、ASD児は行為選択を修正できるという可能性も考えられることから、このような行動は適切であるとみなすこともできるかもしれない。以上より、ASD児の注意特性は独自の衝突回避戦略にも関連すると示唆された。
ASD児が衝突の可能性が高い部分をできるだけ早く特定することが重要
今回の研究では「木を見て森を見ず」というASD児にみられる注意特性が、先を見越した行為選択が求められる障害物回避場面において、障害物との衝突に関連している可能性が示唆された。ASD児が直面しているヒトやモノとのぶつかりやすさは、目の前のヒトやモノに注意が向きやすいことで、周囲のヒトの動きやモノとの距離感を見誤り、結果的に衝突してしまうことがあると考えられる。そのため彼らが安全に日常生活を送るためには、衝突の可能性が高い部分をできるだけ早く特定することが重要だ。
「本研究成果は、ASD児が環境全体を把握できるようなトレーニングや、注意特性に応じた日常生活での環境調整につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京都立大学 プレスリリース