早期・治療が重要なiNPH、アルツハイマー病などとの判別難しく診断遅れが課題
名古屋市立大学は11月7日、ハキム病(特発性正常圧水頭症:iNPH)の診断に重要なくも膜下腔の不均衡分布(DESH)の判定に用いる脳室、高位円蓋部・正中くも膜下腔、シルビウス裂・脳底槽の3領域を脳MRIから自動抽出するAI「脳脊髄液腔解析」アプリを1,009人の3D T1 MRIで検証した結果を発表した。この研究は、同大大学院医学研究科脳神経外科学の山田茂樹講師ら、滋賀医科大学、東北大学、山形大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の研究グループによるもの。研究成果は、「Radiology Advances」に掲載されている。
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脳脊髄液が溜まる慢性水頭症は、60歳以上の高齢者に多く、特にiNPHは加齢に伴って発症率が増加する。症状は、ふらつきなどの軽い歩行障害から始まり、次第にすり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行、すくみ足、突進現象などの病的歩容が顕著となり、転倒しやすくなる。転倒により頭部外傷や腰椎圧迫骨折や大腿骨骨折で救急搬送されて発見される患者も多い。症状が進行すると、自力で歩けなくなり、最終的には起立困難で寝たきり状態となることもある。また、やった事を忘れる、行動する意欲がなくなり一日中ボーと座っているなどの認知機能低下や、頻尿、切迫性尿失禁などの症状が悪化し、介護が必要となる。手術による症状改善は、一段階の改善が期待されるレベルであり、自立した生活を取り戻すレベルまでの回復には早期発見、早期治療が重要である。しかし、これらの歩行障害、物忘れ、失禁の3徴候は、年齢のせいと自己判断して病院を受診しない患者が多く、また、頭部CT検査や脳MRI検査を受けても、「加齢性脳萎縮もしくはアルツハイマー病」と誤解されて、診断が遅れる。
iNPHと脳萎縮の判別に重要なDESH、主観的なため専門家でも判定結果が異なることが課題
iNPHと脳萎縮を判別するために重要な画像所見として、DESHが認知されるようになり、診断率は大幅に向上した。しかし、DESHは主観的な評価であり、経験豊富な専門家間でも判定結果が異なることが課題だった。これまでDESHの判定に使う2次元指標がいくつも発表されているが、十分ではなかった。そこで、研究グループはクラウド型AI技術開発支援サービス「SYNAPSE Creative Space」(富士フイルム株式会社)を用いて、DESHの判定に用いる脳室、高位円蓋部・正中くも膜下腔、シルビウス裂・脳底槽の3領域を脳MRIから自動抽出するAI技術と、その3領域からDESH index、Venthi index(DESH判定への脳室拡大の影響)、Sylhi index(DESH判定へのシルビウス裂・脳底槽の影響)の3つの指標を開発した。さらに、このAI技術を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを開発し、同月に医療機器の認可を得て、3次元(3D)画像解析システム「SYNAPSE VINCENT Ver7.0」(富士フイルム株式会社)のアプリとしてリリースした。
脳脊髄液腔解析アプリでDESHを高精度・定量的に検出
今回研究グループは、「脳脊髄液腔解析」アプリを用いて、DESHを定量的に判定するために必要な至適閾値を導き出し、DESH判定の基準を構築したいと考えた。
研究では、「脳脊髄液腔解析」アプリを用いて、iNPH患者77人(うち25人はアルツハイマー病合併)、アルツハイマー病患者256人、その他の認知症患者112人、軽度認知症(MCI)163人、健常ボランティア380人を含む合計1,009人の3D T1 MRI画像を解析した。健常者やiNPH以外の認知症患者のうち10人にDESHが認められ、合計101人(10%)がDESHと専門家によって判定された。3領域の体積もしくは頭蓋内にしめる体積割合だけではDESHの判定は難しい。ROC解析により、DESHの判定に用いるDESH index:>6.0、Venthi index:>3.6、Sylhi index:>2.2であれば、AUC値で0.98以上(感度:95%以上、特異度:90%以上)と高い精度でDESHを検出できることを示した。
Venthi index・Sylhi indexを用いDESHの客観的な判定基準を構築
これらの指標は、DESHの有無を判定するだけでなく、DESH indexが高いほどDESHの程度が強いこと、Venthi indexが高いほど脳室拡大の影響が強いDESH、Sylhi indexが高いほどシルビウス裂拡大の影響が強いDESHであることを定量的に示している。これらの数値を用いることにより、DESHの客観的な判定基準を新たに構築した。
DESHは、iNPHの発見に大きく貢献してきたが、高位円蓋部・正中くも膜下腔とシルビウス裂・脳底槽の大きさを比較して判定され、脳室拡大も影響する。そのため、専門的な知識が必要であるばかりか、専門家間でも判定が異なることがあることが課題だった。脳MRI画像からDESHの判定に重要な領域を自動で抽出するAI技術を搭載した「脳脊髄液腔解析」アプリを用いることで、DESHの有無に加えて、DESHの程度や特徴を数値化した。これにより、DESH判定の曖昧さをなくすことができ、iNPHの見落としを減らすことができると考えている、と研究グループは述べている。
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・名古屋市立大学 プレスリリース