日常のバイタル変化を用いた診断で、より健康・安全な社会につながる可能性
北海道大学は10月31日、心電図、皮膚温度、呼吸、皮膚湿度を常時連続計測可能な、絆創膏のように柔らかい無線型のフレキシブルマルチモーダルセンサパッチを開発したと発表した。この研究は、同大大学院情報科学研究院の竹井邦晴教授、東京大学大学院情報理工学系研究科の中嶋浩平准教授、順天堂大学医学部救急・災害医学講座の渡邉心先任准教授、大阪公立大学大学院工学研究科の本田智子研究員、大阪公立大学工業高等専門学校の早川潔教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Device」に掲載されている。
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高齢化社会および一般市民の健康管理に向けた興味の高まりに伴い、遠隔で常時健康管理を行う時計型のウェアラブルデバイスの普及が盛んになってきている。これらにより「心拍数」や「活動量」の計測を常時、無意識下で計測することができるようになってきた。しかし現状、装着感を優先しているため、センサと体の密着性が悪く、皮膚表面から安定かつ高精度な多種バイタルを計測することは難しい状況だ。そのため、遠隔診断や遠隔見守り、さらに未病の早期発見へと展開できずにいる。
もしウェアラブルデバイスを皮膚に密着することで「無意識」のうちに多種バイタル情報を精度高く計測できれば、装着による異物感を感じることなく未病の早期発見や適切な治療方法の提案、そして、孤独死などを大幅に減少することにつながる可能性がある。さらに従来の病院の断続的な検査結果とは異なり、日常生活のバイタル変化結果を用いた診断が可能となり、医療の風景を大きく変える可能性がある。これは「安心・安全・快適・健康」な社会の実現へとつながり、より幸福度が高く、活気にあふれた近未来社会の理想像の実現へとつながることが期待できる。
マルチモーダルセンサパッチと無線通信システムを開発
今回の研究では、(1)~(4)の研究成果が得られた。
(1)センサの作製プロセスを開発することで、ポリエステルフィルム上に心電図、皮膚温度、呼吸、皮膚湿度を常時安定に計測できるセンサを集積化した。開発したマルチモーダルセンサパッチの素材のポリエステルフィルム自体は水蒸気透過性が悪いため、長時間の装着により蒸れや皮膚のかぶれなどの問題が考えられた。そこで、蒸れなどを防止する目的で、フィルムに小さな穴を無数に形成することでこの問題解決を図った。実際、高温多湿環境下で本センサシートを1~2時間程度貼付しても、皮膚のかぶれなどの問題が起こらないことを確認した。
(2)無線システムは、(1)で開発した機械的に柔軟なフレキシブルマルチモーダルセンサパッチの出力を無線通信するための無線回路の開発を行った。センサから得られる電気抵抗値変化をデジタル変換する回路、心電図のような微小信号を増幅する回路、低消費電力で無線通信を行うBluetooth Low Energy(BLE)などを搭載した。また、加速度センサを搭載することで、人の動きや姿勢の計測も可能にした。さらに電源は小型のリチウムイオン電池を用いることで、3cm角程度のシステム開発を行うことができ、胸元に貼付しても違和感なく皮膚表面から多種バイタルデータの常時計測ができるようになった。
瞬時のデータ解析だけでなく、ネット接続がなくてもデータ解析や結果表示が可能
(3)瞬時データ解析アルゴリズムについては、無線マルチモーダルセンサパッチを用いて皮膚表面から計測した多種バイタルデータを瞬時に解析するアルゴリズムの開発を行った。ここでは機械学習の一種であり、高速解析を可能とするリザバーコンピューターという技術を適用し、解析パラメーターやアルゴリズムの最適化を図った。皮膚温度、心電図、呼吸、皮膚湿度、そして加速度センサの連続計測の結果を見ると、例えば計測中に咳をすると常時計測される心電図中にノイズが生じる。このようなノイズは咳のみに限らず、体を大きく動かす、不整脈などによっても発生する。このノイズをリザバーコンピューターで解析することで、咳、不整脈、体の動きを判別することに成功した。その他にも加速度センサの出力結果を解析することで転倒や姿勢の判別なども可能になった。現状、正答率は80%前後と完璧ではないが、誰が使っても同じような正答率が出るように(汎化性能という)、データ解析アルゴリズムを最適化させた。また、このような複雑なデータ解析がなくても、心拍数や皮膚温度、呼吸数、皮膚湿度(発汗)を常時計測することも可能だ。
(4)エッジAIシステムについては、(3)のようにリザバーコンピューター技術を用いることで、誰が利用してもバイタル情報などから咳や不整脈などを見極めることが可能になった。そこでこの解析技術を現在多く普及しているスマートフォンに搭載させることを試みた。スマートフォンのアプリにこのリザバーコンピューターの解析アルゴリズムを搭載させることで、インターネット接続がなくてもバイタルの無線計測からデータ解析、そしてその結果の表示を行うエッジAIシステムを実現させることができた。現状、一般的なパソコンと比べるとスマートフォンの計算スピードはまだ遅いため、スマートフォン上での解析および表示には5秒程度の遅れがあるが、パソコン上での解析と遜色のない結果をフィードバックすることが可能だ。同開発では全てのアルゴリズムをスマートフォン内に実装し、解析もスマートフォンによって実施されているため、インターネット接続がない過酷環境などでの利用も可能だ。
未病の早期発見に向けた遠隔医療や、遠隔見守りへの発展に期待
同エッジAI型マルチモーダルセンサパッチを用いた未病の早期発見や遠隔診断といった応用展開はまだできていない。その大きな理由は、同センサパッチを用いてどのような疾患を早期診断できるかがまだわかっていないためだ。研究グループは同課題解決へ向けて、現在医療機関の協力を得て、さまざまな疾患に対するバイタルデータの取得および解析を行う実証試験を開始している。同実証試験を通して医学的根拠となるデータの取得、さらにそのデータを用いたリアルタイム解析ができるようになれば、高齢者、過疎地、そして災害現場などでの遠隔診断や遠隔見守りが実現できる。また、病気と気づかない時点で、体が何らかの異常信号を出している可能性は高く、これを早期検出できれば、未病の早期発見が期待できる。
「これは従来の断続的なバイタル計測では実現できない、同センサパッチによる常時計測だからこそ達成できる。これら遠隔診断、遠隔見守り、未病の早期発見といったことができる社会を作り上げることができれば、もう少し早く病院に行っていれば…といったことがない、健康で安心な生活を送ることができ、結果として幸福度向上に伴うストレス軽減からさらなる健康社会実現が期待できると考えている」と、研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース