医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > トイレは「ふた閉め洗浄」でもエアロゾルは漏れる、その飛距離が判明-産総研ほか

トイレは「ふた閉め洗浄」でもエアロゾルは漏れる、その飛距離が判明-産総研ほか

読了時間:約 5分51秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2024年11月01日 AM09:30

水洗トイレの衛生度は経験的な基準で管理され、ウイルス汚染の科学的根拠は乏しかった

(産総研)は10月28日、トイレ水洗時に生じる飛沫の見える化と飛散ウイルスの定量測定に成功したと発表した。この研究は、産総研センシングシステム研究センターの福田隆史総括研究主幹、安浦雅人主任研究員、河合葵葉リサーチアシスタントと、 理工研究域フロンティア工学系 微粒子システム研究グループの瀬戸章文教授との共同研究グループによるもの。なお、研究の詳細は、2024年11月3~7日にマレーシアで開催される「第13回Asian Aerosol Conference(AAC)2024」で発表される予定。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

コロナ禍以降、ウイルスの汚染リスクを抑制する衛生管理の重要性が再認識されている。しかし、これまで水洗トイレの衛生度は特段の科学的根拠に基づかない経験的な基準によって管理されており、ウイルスの汚染リスク抑制という観点での科学的な根拠は乏しいものだった。しかし、水洗時のふたの開閉はウイルスの汚染リスクにどの程度影響を与えるのかなどについての科学的根拠に基づく知見は、衛生管理に重要だ。

産総研は2020年からコロナ禍対策技術の研究開発を推進しており、空間を漂うウイルスの定量化などにも成功している。さらに、その技術を生活だけでなく畜産分野で活用するための実証なども進めてきた。また、ウイルスの迅速・高感度な検出技術の開発を通じて、健康や食品衛生の向上に関わる研究も推進してきた。そして現在では、生活環境の衛生管理に関わる研究開発にも取り組みを広げている。

日本の水洗トイレは世界的に見ても衛生状態がよく管理されており、特段の注意を払わなくても安全に利用できている側面もある。しかし、それを客観的に検証するきっかけとなる科学的なデータを提示することには大きな価値があると考え、研究グループは、これまでに培ってきた技術を生かしながら、水洗トイレの衛生管理をさらに進める研究に取り組んだ。

水洗トイレ洗浄時に発生するエアロゾルの空間分布を測定

研究ではラボ内に約12m3の密閉性のブースを設置し、トイレを模した個室に便器を設置の上、「部屋の湿度や便器のふたの開閉によって水洗時に発生するエアロゾルの量や広がり方がどのように影響を受けるかについて、パーティクルカウンターを用いた検証」と「水洗によって発生する飛沫と共に空間に放出される、または便器に付着するウイルス量の測定」を実施。トイレ利用者が水洗することで、どの程度ウイルスが飛散するかを推定するため、模擬ウイルスを含む飛沫の汚染リスクをPCR法によって定量的に評価した。

密閉ブースはHEPAフィルターを装備した密閉構造で、内部で飛散したウイルスなどが外部に漏れる心配はない。また、今回、ウイルス飛散の推定実験のために用いた模擬ウイルス試料には、牛感染症(牛呼吸器病症候群)の主要な原因ウイルスとして知られており、安全な取り扱いが可能な生ワクチン株がある牛パラインフルエンザウイルス3型の培養上清液を用いた。したがって、このウイルスはヒトへの感染の心配はない。さらに、密閉ブース内部に備え付けた殺菌灯によって実験後にはウイルスを完全に不活化しているため、今回の実験におけるヒトや環境に対する安全性は担保されている。

また、ブース内に設置された実験用トイレの便器は、節水タイプのサイホン式の一種である洗浄方式を採用しており、1回の水洗で流れる水量は6リットル。この値は20年以上前の標準的な便器の約半分だ。近年、節水タイプの便器の開発はますます進んでおり、使用水量が大幅に削減されていることに加え、水流方式にも各社の工夫が施されているため、同研究結果の細部は必ずしも全ての便器に共通するものではないと考えられるが、全体の傾向は多くの便器に適用可能であると考えた。

上方に飛び出した飛沫の最高到達点は40〜50cm、エアロゾルが多く発生する位置も特定

レーザー散乱実験によって撮影された飛沫発生の可視化像は、30秒間の撮影により各飛沫の軌跡が捉えられた。便座手前(先端)側に焦点を合わせた飛沫・エアロゾルの可視化像には、直径数マイクロメートル~数百マイクロメートルに至るさまざまな粒径の飛沫発生が全て含まれていた。大きな飛沫は放物線を描いて落下しているが、小さな粒径(おおむね10µm以下)のエアロゾルは浮遊し、気流によって流動していることが可視化されている。

さらに、浮遊したエアロゾルの運動の一例として、便座左の中央やや左上に「ω」のような軌跡が確認された。このサイズのエアロゾルは、トイレの個室内に数分〜数十分間漂う可能性がある。また、上方に勢いよく飛び出した飛沫の最高到達点は40〜50cmにも達していることも読み取れた。さらに、焦点を前後に変化させた解析により、便座手前側で大きな粒径の飛沫が多く発生し、便座中央から奥側で粒径10µm以下のエアロゾルが多く発生していることも明らかとなった。

エアロゾルの分布は空間的に均等ではなく、前後に指向性を持って放出

次に、水洗トイレの便器から発生するエアロゾルの粒子数と空間分布を測定するため、3つの面内各点で直径0.3, 0.5, 1, 3, 5, 10µmの各粒径を持つエアロゾルの粒子数を計測した。その結果、左向き(便器の外側方向)におおむね5cm〜15cm、上方には約40cmの範囲にエアロゾルの高濃度領域が及ぶことを見出した。また、各面内のデータ全体を考慮すると、エアロゾルの分布は空間的に均等ではなく、前後に指向性を持って放出されていることが判明した。これは、エアロゾルが自由拡散ではなく、便器内の水流が作る空気の流れに乗って運ばれた結果だと考えられた。

また、環境湿度(相対湿度)が30, 50, 70%と変化していくにつれて、発生エアロゾルの総体積は増大し、例えば、30%と70%を比較すると4.6倍の差に至ることを見出した。また、日本では高湿な条件が通年で非常に多い(例えば、1日の平均湿度が70%を超える日数は東京の場合、約200日にもなる)ため、エアロゾルの発生・拡散が生じやすい環境であると言える。

ふたを閉めても使用者側に15cm程度の距離までエアロゾルが染み出す

さらに、エアロゾル発生(空間分布)がふたの開閉によってどのように異なるかを知るため、一例として、粒径1µmのエアロゾルの空間分布の測定結果を比較した。当然ながら、ふたを閉めると上方へのエアロゾル発生・拡散はなくなるが、一方で、使用者側に15cm程度の距離までエアロゾルが染み出すことがわかった。これは水流によって便器内の空気が押し出され、ふた・便座と便器の隙間から外に向けて勢いよく放出された結果と考えられる。

以上の結果から、エアロゾルから受ける影響を低減する簡単な対策として、水洗時には便器から少なくとも15cm以上離れて操作するのが有効と言えることが明らかになった。

トイレを掃除ではふたや便座だけでなく壁の拭き取りも重要

これらの実験から飛沫の発生状況は理解できたが、水洗時にはどの程度のウイルス飛散が生じるのか、そして、どのような衛生管理をすれば安全に利用できるのかを考察するため、模擬ウイルス試料を調製し、便器内にためた状態でふたを閉めて水洗する実験を行った。水洗によって生じる飛沫は、さまざまなところに付着し、残留すると考えられる。そこで、(1)便座のふたの裏側、(2)便座(上面)、(3)便座(裏面)、(4)便座外(手前)、(5)便座外(手前横)、(6)便座外(横奥)、(7)壁の各部を綿棒で拭い取り、PCR法によって定量化した。

その結果、便器内に排出されたウイルスは、便器ふたの裏側、便座(上面・裏面)の合計で2分の1強、便器の外に2分の1弱が放出されることが判明した。一方、便座およびふた、ならびに便器の外に放出されるウイルスの量については、便器内に展開したウイルス量の10万分の1以下であり、感染に関与し得るウイルス量はわずかと言える。しかし、絶対量としてはゼロではないことを考慮すると、使用前の便座の清拭や水洗時に便器から15cm以上離れるなどのアクションは感染リスクをより低減するために効果的であると言える。

さらに詳しく見る(ウイルス付着密度で比較する)と、主なところでは、便座(裏面)に約3分の1、便座(上面)に約6分の1、壁(両側合計)に約3分の1放出されることが示された。したがって、トイレを掃除する場合は、定期的にふたや便座だけでなく、壁(今回の実験では便器の端から約25cmの距離)の拭き取りも推奨される。

衛生度という新たな付加価値を備えた便器の開発と社会実装を目指す

今回の研究により、水洗トイレの使用時に発生するエアロゾルの量や空間分布、模擬ウイルス試料中に含まれるウイルスの飛散など、日常の使用や清掃などの衛生管理に対しての留意点が明らかにされた。研究グループは、エアロゾルの発生に関して提案・実用化されているさまざまな水洗方式の違いについても今後検討を進め、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積していく予定だという。提案・実用化されているさまざまな水洗方式についても検討を行い、それらの違いなども知見を蓄積していくことで、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積することができると思われる。

「世界をリードしている日本のトイレをさらに進化させるため、共に研究を推進するパートナー企業を募り、衛生度という新たな付加価値を備えた便器の開発と社会実装を進めていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大
  • 糖尿病管理に有効な「唾液グリコアルブミン検査法」を確立-東大病院ほか
  • 3年後の牛乳アレルギー耐性獲得率を予測するモデルを開発-成育医療センター
  • 小児急性リンパ性白血病の標準治療確立、臨床試験で最高水準の生存率-東大ほか
  • HPSの人はストレスを感じやすいが、周囲と「協調」して仕事ができると判明-阪大