日本成人の大規模なfMRIデータを用いてASDの診断を予測する分類器を開発
昭和大学は10月21日、国内の連携多施設で収集した成人自閉スペクトラム症(ASD)の安静状態における機能的結合のデータから、機械学習法を用いて世代に共通の脳機能結合の特徴を捉えることに成功したと発表した。この研究は、同大発達障害医療研究所の板橋貴史講師およびATR脳情報通信総合研究所の山下歩研究員らと、東京大学、広島大学、京都大学、東京科学大学、量子科学技術研究開発機構、理化学研究所との共同研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」にオンライン掲載されている。
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ASDは一般人口の54人に1人の割合で認められる頻度の高い神経発達症の一種で、遺伝的・環境的要因、発達段階および性差などさまざまな要因が複雑に絡み合い、多様な症状を呈することが知られている。このようなASDの多様さが、ASDの生物学的メカニズムの解明や脳回路の特徴などの客観的指標に基づく診断ツールの開発の大きな壁となっている。
これまで脳回路の特徴に基づいてASDの診断を予測する分類器の開発は盛んに行われているが、開発に用いられる訓練データとは異なる独立検証データによる評価や、異なる発達期による検証および分類器が捉えた脳回路特徴に関する検討はあまり行われておらず、診断に関わる脳回路特徴、臨床症状との関係性、神経伝達物質との関連性は明らかになっていなかった。
そこで研究グループは今回、日本成人の大規模なfMRIデータを用いてASDの診断を予測する分類器を開発し、同じ発達期の独立検証データによる精度検証、異なる発達期の独立検証データに対する精度検証と、分類器が捉えた脳回路特徴の臨床症状や神経伝達物質との関係性などの詳細な検討を行った。
個人の脳回路からASD度を数値化して予測、訓練データではAUC=0.84の精度で判別
AMED脳科学研究戦略推進プログラムの脳画像データベースプロジェクトの一環として、国内4施設(京都大・昭和大・広島大COI・東京大)から収集された研究参加者(定型発達者:550例、ASD当事者:180例)の安静状態における脳活動データを訓練データとして用いた。
脳を379個の小領域に分割し、研究参加者1人ごとに各領域におけるfMRI信号の時間波形を取り出し、それらが任意の2領域間でどの程度似ているか相関係数として数値化した(領域間機能的結合)。379個の小領域の全てのペア(7万1,631個)について機能的結合を計算することで、個人の脳全体の回路を定量化した。これを研究参加者全員について求め、機械学習手法を適用することで、研究参加者がASD当事者なのか定型発達者なのか診断ラベルを予測する分類器を作成した。この分類器では、個人の脳回路からASD度を数値化し、その大小でASDの診断を予測する。その結果、訓練データでは、AUC=0.84の精度で判別することができた。
児童・青年期の独立検証データをAUC=0.66〜0.71の精度で判別
次に、この分類器が異なる施設や撮像手法で収集された同じ成人期のデータに対して一定の精度を示すか否かを検証した。訓練データを用いて開発された分類器を、ABIDE(Autism Brain Imaging Data Exchange)と呼ばれる欧米のさまざまな施設で収集された121例の成人データ(定型発達者64例、ASD当事者54例)およびAMED戦略的国際脳科学研究推進プログラムの一環として収集された163例の成人データ(定型発達者92例、ASD当事者71例)に対して適用し、その精度を評価。成人期のこれら2つの独立検証データに対して、AUC=0.70〜0.78の精度で判別できることを確かめた。
さらに、成人期の判別期が、異なる発達期にも適用可能かを調べるため、児童期(12歳未満)や青年期(12歳以上18歳未満)のデータに対して一定の精度を示すか検証。国外の児童期・青年期の研究参加者から収集された総計665例(定型発達者375例、ASD当事者280例)の3つの独立検証データに対して、成人期の訓練データで開発された分類器を適用した。分類器は、児童・青年期の独立検証データに対して、AUC=0.66〜0.71の精度で判別できることを示した。
ASDの脳回路メカニズム理解だけでなく、診断精度向上ツールとしても期待
この分類器は、7万1,631個の機能的結合の中から診断予測に貢献している141個の機能的結合を同定した。デフォルトモードネットワーク、皮質下、前頭頭頂ネットワークのネットワーク内やネットワーク間の機能的結合が診断予測に貢献していた。また、部分的最小二乗相関を用いて、141個の機能的結合には、ADOS(自閉症診断観察検査)の意思伝達・相互的対人関係の症状と関連している結合があることを明らかにした。さらに、部分的最小二乗回帰を用いて、141個の機能的結合に関連する脳領域が、神経伝達物質の中でもドーパミン(D1、D2受容体)やセロトニンと関連していることを示した。
同研究で開発された分類器は、ASDの脳回路メカニズムに関する理解を深めるだけでなく、ASDの診断精度を向上させるツールとして期待される。また、分類器が捉えた特徴に基づくさらなる今後の研究により、ASDの診断補助としての実用化の可能性だけでなく、ASDの新たな生物学的サブタイプの同定などが期待される、と研究グループは述べている。
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・昭和大学 プレスリリース