ロボットの視線に対してヒトは「注意シフト」を起こすのか?
理化学研究所(理研)は10月17日、ヒトがアンドロイドの目の動きにつられてしまうことを発見したと発表した。この研究は、理研情報統合本部ガーディアンロボットプロジェクト心理プロセス研究チームの佐藤弥チームリーダーらの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」オンライン版に掲載されている。
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「目は口ほどに物を言う」という慣用句があるように、非言語コミュニケーションの中でも、目は特別な役割を果たしている。他者の視線を追跡して(注意シフト)、相手の注意対象を共有することで相手の興味や関心を把握している。注意シフトは視覚的な情報に反応するのみではなく、他者の心を読み取って注意シフトが起こることが、先行の心理学研究から報告されている。
しかし、ロボットの目の動きがヒトに注意シフトを引き起こすのかという課題は調べられていなかった。特に、ロボットの目の動きからロボットの「心」を読み取った結果として注意シフトが引き起こされるのかという疑問は、心理学分野において重要な問いだった。
佐藤チームリーダーらは、ヒトの解剖学・心理学の知見に基づいてアンドロイドの頭部「Nikola」を開発した。Nikolaはヒトの表情筋の動きを精密に再現しており、さまざまな速度で怒りや幸福など6つの「基本感情の表情」を作ることができる。このため、ヒトはNikolaの表情を適切に認識することが可能だ。また、Nikolaの目はヒトの目を精巧に再現しているため、Nikolaは黒目の位置を動かすことで目線を移動させることができる。研究グループは今回、Nikolaを用いて、ロボットの目の動き(視線)に対してヒトは注意シフトを起こすのか否かを実証することを試みた。
Nikolaの目と頭部の動きにつられ、注意シフトが起こったことを確認
研究グループは参加者49人を対象に、ヒトのような目を持ち視線を動かせるNikolaを用いて、対面条件で手がかりパラダイムと呼ばれる課題を用いる3つの心理実験を実施した。
実験1では、アンドロイドの左右にターゲット信号となる光源を設置し、光源を間欠的に点滅させて、参加者に光源の点滅している向きのボタンを押して回答してもらった。そして、光源が点滅してから参加者がボタンを押すまでの時間を反応時間として計測した。参加者には、あらかじめ「アンドロイドの目の動きあるいは頭部の向きは、点滅したターゲット信号の向きと必ずしも一致しておらず、点滅するターゲット信号の向きの手がかりにはならない」「ターゲット信号を認識したらできるだけ早くボタンを押す」という2点を伝えてから実験を開始した。
その上で、アンドロイドの目のみを動かす実験と、頭部のみを動かす実験の2つを行った。結果、アンドロイドの目の動きあるいは頭部の動く向きと、点滅している光源の向きが一致する場合は、不一致な場合よりも参加者が、ターゲット信号が点滅してからボタンを押すまでの反応時間が短くなることがわかった。参加者はターゲット信号と同一の視界に入っているNikolaの目と頭部の動きにつられて注意シフトを引き起こしたと考えられる。
Nikolaにターゲット信号が見えている時だけNikolaの目の動きにつられた可能性「高」
実験1では、ロボットの目の動きがヒトに注意シフトを引き起こすことを初めて実証した。しかし、これだけでは、物体の動きによる単純な視覚的な効果として注意シフトが起こった可能性も捨てきれない。そこで実験2では、Nikolaと左右のターゲット信号との間に、Nikolaから光源への視線を遮る障壁を設置する条件を新たに加えた。障壁がある場合とない場合とで、実験1の目の動きと同様の実験を行った。参加者の視界にNikolaとターゲット信号とが入っていることは実験1と同様のため、実験1での注意シフトが物体の動きによる単純な視覚的効果であれば、障壁がある場合と障壁がない場合とで同じ結果になるはずだ。
実験の結果、「障壁がない場合には、アンドロイドの目の動きと点滅するターゲット信号位置が一致している場合には参加者の反応時間が短くなった」「障壁がある場合には、アンドロイドの目の動きと点滅するターゲット信号位置の一致と不一致とでは参加者の反応時間に有意な差は認められなかった」ことが判明した。これらのことから、参加者はNikolaの目の動きから自動的に心(ターゲット信号を気にしているという意識)を読み取って、Nikolaにターゲット信号が見えている時だけNikolaの目の動きにつられた可能性が高いことが示唆された。
ヒトがNikolaの目の動きから「心」の状態を読み取った上での行動であることを実証
実験3では、実験2で使った光のターゲット信号を音のターゲット信号に置き換えた。障壁がある場合とない場合とで、実験1と同様の目の動きで実験を行った。もし実験2において、障壁が参加者に何らかの視覚的効果を与えたことにより実験結果がもたらされた場合には、実験3でも実験2と同じ結果となるはずだ。あるいは、心を読み取った結果の注意シフトであれば、目隠し用の障壁があっても音は聞こえていると読み取れるため、どちらの条件でもNikolaの目の動きにつられて注意シフトが起こると予測される。
結果、障壁がある場合とない場合とで同じように、Nikolaの目が動く方向と音を出すターゲット信号の位置が一致する場合に参加者のボタンを押す反応時間が短くなった。この結果は、参加者がNikolaの目の動きからNikolaが音へ意識を向けていると認識してNikolaの心を読み取り、Nikolaの動きにつられたという解釈に合致する。
これらのことから、参加者はアンドロイドの目の動きにつられて注意シフトを起すことが判明。さらに、これがアンドロイドの目の動きから心の状態を読み取った上で起こることを、実証することに成功した。
心があると感じさせることでヒトの行動に影響を与えるロボットの開発に期待
今回の研究成果は、ヒトとアンドロイドが視線を通してコミュニケーションを実現できることを示唆している。今後、さらにヒトのような外見・行動をロボットに実装させることで、アンドロイドに心があるかのように感じさせ、ヒトの行動に影響を与えるロボットを開発することが期待される。
また、先行の注意シフトに関する心理学実験では、画面に人の顔を提示して行うため、実験環境を現実体験に近づけられないことが難点だった。一方で、ヒト対ヒトの実験では、実験を行う側もヒトであることから、どの参加者にも同じ条件で接することができないなど、「統制できない」ことが難しいポイントだった。今回、ヒトのように振る舞うアンドロイドを用いて、心理学実験を統制して行うことができる可能性が見出された。
「今後、統制された心理学実験を通じて新たな知見を得ることや、ヒトがどのように心を読み取ると注意シフトが引き起こされるのか(意識かそれとも意図か)などの心理学の理解を深めることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース