がん細胞の機能を制御するリン酸化シグナル、がん精密医療への応用が期待される
国立医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)は10月2日、胃がんの新たな治療法開発に資する発見をしたと発表した。この研究は、同研究所創薬デザイン研究センター創薬標的プロテオミクスプロジェクトの足立淳副センター長、国立がん研究センター中央病院の朴成和消化管内科長(研究当時)、庄司広和医長、日本医科大学大学院医学研究科の本田一文教授、NIBIOHN AI健康・医薬研究センターの水口賢司客員研究員、京都大学大学院医学研究科の小濱和貴教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
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胃がんの罹患数および死亡数は肺がん、大腸がんに次いで3番目に多く、特に切除不能進行胃がんは生存期間中央値がおよそ12か月と予後が非常に悪いため、胃がんに対する新たな治療法の開発が強く求められている。しかし、進行胃がんに有効な分子標的薬は限られており、またゲノムプロファイリングを用いた「がん精密医療」は、具体的な治療に結びつく割合が低いのが現状である。これらの課題を解決するためには、より多くのがん患者に対応することができる次世代型「がん精密医療」の実現が重要である。抗がん剤として用いる分子標的治療薬の多くはタンパク質に直接作用するため、がん細胞内のタンパク質全体(プロテオーム)の情報が、治療法の選択に有用であると期待されている。特にタンパク質のリン酸化修飾を介したリン酸化シグナルは、がん細胞のさまざまな機能を制御し、リン酸化シグナルを標的とした抗がん剤も多数開発されていることから、リン酸化シグナル解析の「がん精密医療」への応用が期待されている。
1生検検体あたり2万個以上のリン酸化部位を定量、3つのサブタイプに分類
研究グループは、これまでに、内視鏡検査で採取した直後に凍結した微量の生検検体からリン酸化シグナルを解析する技術を開発し、分子標的治療薬トラスツズマブの投与前後に採取した生検検体から患者間で治療応答性の違いが見られることを報告している。
今回の研究では、これまでの生検検体を用いたリン酸化シグナル解析手法を改良し、未治療胃がん患者127検体のリン酸化シグナル解析を行った。その結果、1検体あたり平均2万1,103個のリン酸化部位を定量することに成功した。リン酸化シグナル情報から、未治療胃がん患者の35%はサブタイプ1(細胞周期を制御するキナーゼ群が活性化しているタイプ)、15%はサブタイプ2(上皮間葉転換(EMT)タイプ)、50%はサブタイプ3(酸化的リン酸化亢進タイプ)に分類された。
切除不能進行胃がん患者9人を解析、治療を経るにつれ悪性度高いEMTタイプ増加
次に、切除不能進行胃がん患者9人から1次治療での化学療法後(2次治療前)、2次治療中、増悪時に内視鏡の生検検体を採取し、リン酸化シグナル解析を行った。その結果、サブタイプ2(EMTタイプ)の患者が1次治療での化学療法後(2次治療前)、2次治療中、増悪時と治療が経過するほど割合が増えるのに対して、未治療患者で多かったサブタイプ1、3の患者は、2次治療中、増悪時には存在が認められなかった。EMTタイプを構成する間葉系がん細胞は、化学療法・分子標的療法・免疫療法に耐性があり、転移を起こしやすいので予後不良であることが知られている。つまり、治療効果が十分に得られずにさらなる治療を経るにつれて、がんが薬剤の効きにくい悪性度の高い性質に変化していることが示唆された。
AXL阻害剤+パクリタキセルでマウス間葉系胃がんの増殖抑制を確認
そこでEMTタイプの胃がんに対する治療法として、EMTタイプで活性化している「受容体型チロシンキナーゼAXL」に着目した。まず、胃がん培養細胞の培養時に2種類のAXL阻害剤(ONO-7475、Gilteritinib)をそれぞれパクリタキセルに上乗せして増殖抑制作用を検討すると、AXL活性が高い間葉系胃がん培養細胞でのみAXL阻害剤の上乗せ効果が確認され、上皮系細胞および中間タイプの細胞ではAXL阻害剤の上乗せ効果はほとんど確認されなかった。
また間葉系胃がん培養細胞を移植して腫瘍を形成したマウスを用いた実験では、AXL阻害剤(Gilteritinib)とパクリタキセルの併用により腫瘍の増殖が抑制された。結論として、内視鏡生検検体を用いたリン酸化シグナル解析は、がんのタイプを分類するだけでなく、治療によるダイナミックながんの変化を捉えられることがわかった。
「治療前・治療中の経時的な解析は、個々の患者の薬剤によるがんの変化を追跡するために使用することができ、標的となるチロシンキナーゼの同定も可能となるなど、がん精密医療を実行していく上で、その重要性が示唆された」と、研究グループは述べている。
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・国立医薬基盤・健康・栄養研究所 プレスリリース