骨盤臓器脱の遺伝的要因について、日本人女性を対象とした全ゲノム解析は未実施
琉球大学は9月30日、日本人女性の骨盤臓器脱の遺伝的素因を明らかにする目的で、7万7,396人のゲノムDNAを用いて骨盤臓器脱患者を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、11番染色体のWT1が日本人女性の骨盤臓器脱の疾患感受性に関連することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科先進ゲノム検査医学講座の松波雅俊助教、今村美菜子准教授、前田士郎教授、システム生理学講座の宮里実教授、腎泌尿器外科学講座の芦刈明日香助教、理化学研究所の寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学薬学部特任教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。
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骨盤臓器脱とは、骨盤の底でハンモックのように臓器を支える骨盤底に、持続的重みがかかり、膀胱、子宮、直腸といった骨盤内臓器が腟から脱出する女性に特有の疾患である。出産、加齢、肥満を原因とする骨盤底脆弱性に伴う疾患で、軽症例を含めると出産経験がある女性の約4割にも発症するといわれている。進行すると歩行難、排尿困難、尿失禁、尿路感染症などを引き起こし生活の質が著しく低下する。骨盤臓器脱に対する治療薬はなく、重症化した際の治療の原則は手術となる。従って、重症化する前の早期発見と重症化予防対策が重要である。
妊娠、出産や加齢がリスクとなる一方、低リスクとされる未経産婦女性にも骨盤臓器脱が発生することから、遺伝的素因が関与すると考えられている。しかし、日本人女性の骨盤臓器脱の遺伝的素因をゲノム全域にわたる全ての遺伝情報から網羅的に探索する研究はこれまで行われていなかった。
7万人超の日本人女性のGWASから、11番染色体WT1と骨盤臓器脱の関連を発見
研究グループは、沖縄バイオインフォメーションバンク(OBi)に登録されている40歳以上の女性3,057人のゲノムDNAを用いてDNA配列に見られる個人差であるゲノム多型(以下多型)と骨盤臓器脱のかかりやすさの関係を網羅的に解析した。具体的には、骨盤臓器脱を発症した324人、一般集団2,733人のゲノムDNAを用いて、ヒトゲノム全体をカバーする約1000万か所の多型を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)を行った。
さらに、バイオバンクジャパン(BBJ)に登録されている40歳以上の女性のうち、骨盤臓器脱を発症した447人、骨盤臓器脱を発症していない7万3,892人のゲノムDNAを用いたGWASを行った。OBiとBBJの解析結果を統合したところ、11番染色体のWT1と骨盤臓器脱との関連がゲノムワイド水準(p=5×108)と呼ばれる統計学的な有意水準(統計学的に意味のある水準)を超えていた。この結果から、WT1が日本人女性の骨盤臓器脱の疾患感受性と関連があることが明らかとなった。
WT1リスクアレル頻度、欧米人・沖縄・本土出身者間で異なると判明
欧米の研究グループよりWT1は欧米人女性の骨盤臓器脱と関連することがこれまでに報告されている。今回の解析結果と既報の欧米人集団の解析結果を比較すると、WT1は日本人女性において特に効果の強い骨盤臓器脱の遺伝的素因であると考えられた。また、骨盤臓器脱のなりやすさと関係しているWT1のリスクアレルの頻度は欧米人と日本人では大きく異なり、欧米人の方がより高いことがわかった。さらに、WT1のリスクアレル頻度は沖縄地方出身者と本土出身者の間でも異なっており、沖縄地方出身者の方がリスクアレルの頻度が低いことも明らかになった。
日本人GWASに欧米人57万人加え解析、未報告のFGFR2との関連が明らかに
さらに、新規の骨盤臓器脱感受性ゲノム領域を探索するため、日本人集団のGWASの結果に欧米人57万4,377人のサンプルを追加したより大規模な解析を行った。その結果、これまでに骨盤臓器脱との関連が報告されていないFGFR2と骨盤臓器脱の関連が明らかになった。
骨盤臓器脱の新しい予防法・治療法開発に貢献する可能性
今後、骨盤臓器脱のGWASをさらに推進することで、一人ひとりの骨盤臓器脱発症の遺伝的リスクを判定することが可能になれば、個人のリスクに応じた予防対策を講じる精密医療の実現につながる。具体的には、遺伝的リスクが高いと判断された場合には、骨盤臓器脱を発症あるいは重症化する前に骨盤底筋のトレーニングや肥満・便秘を避けるなどの予防策をとることができる。
「本研究により、新たに骨盤臓器脱との関連が明らかになったWT1やFGFR2がどのような機序で骨盤臓器脱発症に関わるか、そのメカニズムを解明することで、骨盤臓器脱の新しい予防法や治療法開発に貢献する可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・琉球大学 研究成果