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加齢に伴う筋萎縮、要因となるHGFのニトロ化を抑制する抗体を開発-九大

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2024年09月30日 AM09:20

加齢による筋肉の萎縮と柔軟性低下、根本的な仕組みに基づく治療法開発が必要

九州大学は9月25日、加齢に伴う筋萎縮進行の要因と考えられる筋幹細胞活性化因子HGFのニトロ化・不活化を抑制するモノクローナル抗体の作出に成功したと発表した。この研究は、同大大学院農学研究院の辰巳隆一教授、鈴木貴弘准教授、中島崇助教、中村真子教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Aging Cell」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

歳をとると、骨格筋はなぜ萎縮し、筋の柔軟性も低下するのか、また、効果的な予防法や治療法は何か、について答えるのは容易ではない。酸化ストレスの軽減や適度な運動というこれまでの一般的な健康科学的施策に加えて、筋肉の加齢変化を引き起こす根本的な仕組みに基づいた画期的な方法の開発が望まれている。

筋幹細胞の活性化因子HGFのニトロ化、加齢性筋萎縮・再生不全の基礎的要因

研究グループはこれまでに、骨格筋の肥大・再生の最初のイベントである「筋幹細胞(衛星細胞)の活性化」に関する研究を行い、物理刺激を引き金とするHGF(肝細胞増殖因子)依存的な分子機構、すなわち、細胞外マトリックス(ECM)に保持されているHGFが遊離し、これが細胞膜受容体c-metに結合すると筋幹細胞が活性化する連鎖調節機構(カスケード)を解明してきた。この研究の過程で、研究グループは活性化因子HGFがニトロ化されると、細胞膜受容体c-metへの結合能を失うことを見出した。加齢に伴い、ECMに結合・保持されているHGFのニトロ化・不活化が進行・蓄積し、この現象が加齢性筋萎縮・再生不全(結合組織の浸潤により筋線維の数が減少し筋収縮張力が充分に回復しない他、筋の柔軟性も低下する現象)の基礎的要因であることを明らかにした。

ニトロ化HGFを特異的に認識するモノクローナル抗体を選抜

HGFがニトロ化を受けるチロシン残基(Y)はY198とY250である。この2つのチロシン残基は受容体c-metとの結合部位を構成していることから、ニトロ化によって立体構造が変化しc-metに結合できなくなると推測される。

これまでの研究成果は、ニトロ化HGFを特異的に認識するモノクローナル抗体(ニトロ化Y198-HGF抗体およびニトロ化Y250-HGF抗体)の作出に成功したことに大きく依存している。この作業過程で多種類の抗体が得られたが、研究用試薬や抗体医薬としての利用を意識し、この中から、HGFのニトロ化を抑制するモノクローナル抗体をスクリーニングし、ニトロ化Y198を含む合成ペプチド(11残基)を抗原として得られた抗体から抗体識別記号1H41C10(略記号IC10)と1H42F4N(略記号2F4)のモノクローナル抗体が得られた。

抗Y198ペプチド抗体である1C10抗体、濃度依存的にニトロ化を抑制

今回研究グループは、まずこれら2つの抗Y198ペプチド抗体のニトロ化抑制活性を調べた。ELISAおよびWestern blottingにおいて、ニトロ化HGFと非ニトロ化HGFの両方を認識すること、また、HGFのニトロ化の有無によって抗体の結合親和性が大きく異なることを観察した。このことから、Y198のニトロ化の有無を認識できるようにY198の極近傍に抗体が結合すること、つまり、抗体のFab領域の先端部にある抗原認識部位がY198の極近傍に結合すると考えた。

1C10抗体と2F4抗体をそれぞれHGFに添加し30分間反応させた後(抗体をY198の極近傍に結合させる前処理)、ペルオキシナイトライト(ONOO-)によるHGFのニトロ化を誘導したところ、1C10抗体の濃度依存的にニトロ化が抑制されることを見出した。一方、2F4抗体には活性は認められなかった。類似した結合様式を持つ2種の抗体だが、ニトロ化抑制活性が異なることが明らかになった。

1C10抗体、Fab領域にY198とY250の両方に対するニトロ化抑制活性を保持

興味深いことに、1C10抗体はY250のニトロ化もY198と同様に抑制した。1C10をFab領域とFc領域の2つに切断し、どちらにニトロ化抑制活性があるかを調べたところ、Fab領域にY198とY250の両方に対してニトロ化抑制活性があることを見出した。Fab領域の抗原認識部位がY198の極近傍に結合すると、Fab領域の特定の部位がY250に接近するようになり、ペルオキシナイトライトのアクセスを生化学的あるいは物理化学的に制限すると考えられた(立体障害:steric hindrance)。

1C10抗体とHGFの結合複合体、ニトロ化を抑制しつつc-metに結合し活性維持

1C10 抗体を結合させた、ニトロ化誘導処理済みHGFを衛星細胞の培養系に添加し活性化活性を測定したところ、コントロールHGF(1C10抗体が結合していない非ニトロ化HGF)に匹敵する活性を保持していることを確認した。この結果は、c-met結合アッセイ(ELISA様アッセイ)によって支持された。これらの実験結果は、1C10抗体がY198近傍に結合した状態でも、細胞膜受容体c-metに結合できることを示している。Y198を含む結合領域がc-metに結合するとは考えられず、Y250領域を介してc-metに結合すると考えるのが適当である。1C10抗体とHGFの結合複合体は衛星細胞を活性化する生理活性を保持していることがわかった。

このように、作出した1C10抗体は極めて特殊な免疫グロブリンタイプGであると言える。HGFに結合しニトロ化を強力に抑制する一方で、1C10-HGF複合体は細胞膜受容体c-metへの結合親和性を保持するという特性は、HGFの活性保護剤として有用であると考えられる。

ヒトや伴侶動物の加齢性サルコペニア・フレイル予防や治療法への展開に期待

今回の研究で作出した1C10抗体はヒト・ネコ・イヌ・マウス・ラットなどのHGFに広く適用可能であり、ヒトや伴侶動物の加齢性筋萎縮・再生不全(加齢性サルコペニアとその前段階のフレイルを含め)の積極的な予防・治療法への展開が期待される。それによって、老齢期のADL・QOL低下のリスク要因を軽減し健康寿命の延伸に貢献が期待される。

「肝硬変、慢性腎不全、肺線維症、心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症、筋萎縮性側索硬化症、急性脊髄損傷などさまざまな疾患や病態に対する治療法としてHGFドラッグの投与が試行されているので、酸化ストレスレベルが高い環境でのHGF活性保護剤として1C10抗体の有用性も期待される」と、研究グループは述べている。

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