リンパ節において、がん細胞はなぜ免疫細胞に排除されず転移が成立するのか
京都大学は9月6日、乳がんのリンパ節転移の過程で、抗腫瘍免疫の鍵となるCD169陽性マクロファージが選択的に排除されることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科乳腺外科客員研究員/三重大学医学部附属病院乳腺センターの河口浩介教授、東北大学加齢医学研究所准教授/京都大学医生物学研究所の河岡慎平特定准教授、京都大学大学院医学研究科乳腺外科の前島佑里奈医員らの研究グループによるもの。研究成果は、「eBioMedicine」にオンライン掲載されている。
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乳がんは、世界中の女性の中で非常に多く見られる病気で、多くの女性の命を奪っている。日本において年間約10万人が新たに乳がんと診断され、約1万5,000人が乳がんによって命を落としている。乳がんで最初に転移する臓器は腋窩リンパ節である。リンパ節の転移個数は予後と相関することが示されており、リンパ節転移を制御することは乳がんの予後改善において極めて重要である。
研究グループは、免疫細胞が多数存在するリンパ節という臓器において、がん細胞がなぜ排除されず、転移が成立するのかということに着目した。今までの報告では、転移リンパ節の中で制御性T細胞が多く存在し、抗腫瘍免疫が抑制されていることが報告されている。一方で、他の免疫細胞の影響は十分には解明されていなかった。がんによるリンパ球への影響は、大きく分けて3つあると考えられる。原発巣からのリンパ管を介した遠隔作用、転移リンパ節内におけるサイトカインやケモカインを介した近接的な作用、細胞の受容体を介した直接的な作用である。
転移リンパ節、CD169陽性マクロファージのマーカー遺伝子発現低下
今回の研究では、同一患者における転移リンパ節と非転移リンパ節を用いて、マルチトランスクリプトーム解析を行い、転移リンパ節における、がん細胞がリンパ球に及ぼす近接的および直接的な影響を解明することを目的とした。
6人の乳がん患者から採取した転移リンパ節と非転移リンパ節を用いて、同一患者間でリンパ球におけるRNAの発現の比較を行ったところ、転移リンパ節においてマクロファージ関連遺伝子の発現が低下していることがわかった。その中でも、CD169陽性マクロファージのマーカーであるSIGLEC1という遺伝子発現の低下を認めた。CD169陽性マクロファージは抗腫瘍免疫の初動を担う免疫細胞で、がん細胞の破片を貪食し、T細胞に抗原提示をすることが知られている。
転移リンパ節のCD169陽性マクロファージ減少は乳がん全サブタイプに共通
同じリンパ節のサンプルを用いた、空間トランスクリプトーム解析とイメージングマスサイトメトリー解析においても、転移リンパ節においてCD169陽性マクロファージが減少していることが示された。一方で、他の主要な免疫細胞においては転移リンパ節と非転移リンパ節で明らかな差を認めなかった。さらに、58人の乳がん患者の474リンパ節を用いて免疫染色による解析を行った。転移リンパ節におけるCD169陽性マクロファージの減少は、乳がんの全てのサブタイプに共通して見られ、乳がんのステージとCD169陽性マクロファージの減少は相関を示した。
乳がんの新しい治療戦略や、再発予防手段の開発につながる可能性
乳がんのリンパ節転移の有無はステージを規定する重要な予後因子であり、リンパ節における腫瘍微小環境の解明は乳がん領域の治療戦略に重要であると言える。今回の研究により、転移リンパ節においてCD169陽性マクロファージの減少を認め、免疫の初動が抑制されることにより抗腫瘍免疫が抑制されている可能性が示唆された。研究成果は、乳がん治療における新しい治療法の開発や、再発を防ぐ手段の探求につながる可能性がある。「CD169陽性マクロファージが転移したがん細胞にどのように抑制されるのかメカニズムはまだ不明であり、今後はこれらの疑問を解明するための研究を続けていく」と、研究グループは述べている。
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