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状況変化に対応する「実践型・理論型」の思考法に関わる脳回路をサルで発見-京大ほか

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2024年09月06日 AM09:10

2つの思考法による行動、前頭眼窩野からどのような神経回路を通って伝わっている?

京都大学は8月29日、状況の変化に対処する2つの思考回路を霊長類で特定したと発表した。この研究は、同大ヒト行動進化研究センターの高田昌彦特任教授(研究当時)、(QST)の南本敬史次長、小山佳同主任研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトは日々のさまざまな場面で最適と思う行動を選択できるように、いろいろな思考を巡らせている。いつも通りの出来事ばかりが起きている場合はあまり迷わないが、状況に変化が生じた場合、つまりどのような選択がどのような結果をもたらすのかが変わった際には、変化した状況に対応するための何らかの方法を考えなければならない。

そのような際の思考法の一つとして、試行錯誤的に体当たりで再学習をするという「実践型」の思考法がある。実践型の思考法は全ての状況に万能に対応できる一方、効率が悪いというデメリットがある。一方、状況の変化にルールやパターンがあると、その知識や理論を当てはめてより良い選択ができるようになる、効率のよい「理論型」の思考法もある。ヒトは、これら大きく分けて2つの思考回路を使い分けて状況の変化に対応している。

2つの思考法による行動をとるためには、脳の前頭前野の下の方にある前頭眼窩野という領域が重要であることが知られている。これらの思考法の実現のための指令が、前頭眼窩野から他の脳領域へと情報の通り道である「神経経路」を通って伝えられているはずだが、具体的な神経経路はわかっていなかった。

サルは経験のある変化か否かに関わらず、実践型/理論型思考法に基づいて対応

そこで研究グループは今回、ヒトに近いサルをモデルとして、これまでにQSTが開発した化学遺伝学とイメージングを組み合わせた技術を使うことで、前頭眼窩野からつながる2つの脳領域である、尾状核と視床背内側核をピンポイントで特定し、各脳領域に流れる神経情報を一時的に止める実験を行った。

まず、サルに経験がある状況の変化、経験のない状況の変化でそれぞれどのような思考法をとるかを調べる行動課題を開発した。サルの前にタッチ感応式のコンピューターディスプレイを設置し、用意した5種類の画像のうち2つの画像がそこに表示され、サルがどちらかに触れると、触れた画像の種類に応じてあらかじめ決められた量のジュースがもらえる。ここでは2種類の課題があり、1つは新規の画像のセットを使い(新規画像課題)、もう1つは慣れた画像のセット(既知画像課題)を使用。いずれも途中で状況の変化を引き起こすために、画像とジュースの量との関係性がひっくり返るという操作をしている。

状況の変化(逆転)が起きた際、新規画像課題では「実践型の思考法」、既知画像課題では「知識に基づいた理論型の思考法」をそれぞれとって行動することが予測される。実際、サル2頭の行動パターンを調べると、強化学習というアルゴリズムを基にしたシミュレーションから、その予想が正しいことが確認できた。

前頭眼窩野は実践型・理論型の思考法のいずれにも関わると判明

これまで、前頭眼窩野が実践型および理論型の思考法に関わることが、別々の研究で示唆されていたものの、それらを同時に調べた研究はなかったことから、まず、前頭眼窩野が実践型と理論型の思考法のいずれにも関わっているのかを化学遺伝学の技術を用いて調べた。そこで、このサルたちの前頭眼窩野の神経細胞に人工受容体を導入した。人工受容体の遺伝子をもつウイルスベクターを神経細胞に導入すると、その遺伝子情報をもとに細胞内で人工受容体が作られる。研究グループでは以前、量子イメージング技術の一つであるPETを用いて、導入した人工受容体を生きた動物の脳内で可視化することや、人工受容体を介して細胞の活動を止めることができる人工薬剤「」の開発に成功しており、今回の研究でも同様の技術を用いた。

PETにより人工受容体の発現を確認した後、DCZを投与し、前頭眼窩野の活動を止めると、2つの行動課題のいずれにおいても、「逆転」の後の再学習が遅くなった。この結果は、状況に変化が生じた際に適切に対応するための実践型、理論型の2つの思考法いずれにも前頭眼窩野が深く関わることを示しており、前頭眼窩野の神経細胞が、それらの思考に関係する重要な情報を送っていることがわかった。

実践型/理論型思考法、それぞれに重要な2つの思考回路を特定

次に、前頭眼窩野が持っていると思われる実践型および理論型の思考法に関わる神経情報が、次にどの脳領域に送られて思考の実現につながるのか、つまり実践型・理論型の思考回路を明らかにするための実験を行った。神経細胞に導入した人工受容体は、神経経路を伝わって別の領域に伸びた神経細胞の末端まで運ばれる。それを先ほどと同様にPETを用いて可視化することで、前頭眼窩野から尾状核の吻内側部、視床の背内側核と呼ばれる各領域へと神経経路が伸びていることがわかった。

これらの神経経路の末端に発現した人工受容体に、DCZが反応することによって神経経路を伝わる情報を止めることができる。DCZを尾状核に注入し、前頭眼窩野から尾状核への経路を伝わる情報を止めた際には逆転後の再学習は新規画像課題のみ遅れ、実践型の思考法が障害されること、反対に、前頭眼窩野から視床への経路を伝わる情報を止めた際には、既知画像の再学習のみ遅れ、理論型の思考法が障害された。

以上の結果から、実践型の思考法に重要な前頭眼窩野-尾状核の回路、理論型の思考法に重要な前頭眼窩野-視床回路という、状況の変化に対処する2つの思考回路を見出した。

高次脳機能障害の病態理解や治療法確立につながることに期待

今回の研究により、霊長類の前頭眼窩野に内包されている一見相反する2つの機能「実践型・理論型の思考法による行動」は、前頭眼窩野から異なる目的地(尾状核・視床)へと延びる神経経路でできる異なる思考回路で処理されていることが明らかになった。このような霊長類モデル動物を対象とし、高度な行動戦略について神経経路単位での脳回路基盤を明らかにした研究は世界的にも類を見ないものであり、今後ヒトを含む霊長類において、高次脳機能を実現するためのさまざまな思考回路の理解が飛躍的に進むことが期待される。

また、いくつかの精神・神経疾患では、特定の神経経路の情報の流れの不調が関係していると考えられている。例えば、強迫性障害(OCD)でみられる強迫症状や衝動性などは、同研究でも対象となった前頭眼窩野からの情報の流れの不調が生じているという可能性が考えられている。

「本研究で用いた手法により、このような症状を一時的に再現するサルモデルを作出し疾患の病態仮説を検証したり、さらに病態を改善する治療薬の探索に利用するなど、診断・治療法の確立に向けた臨床応用研究にも大きく貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。

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