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家族性ADの特異な老人斑、化学合成の変異型Aβ構造解析でメカニズム解明-理研ほか

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2024年09月05日 AM09:10

綿花状老人斑を認める家族性AD、E22G Aβ線維の構造と病態の関連は未解明

(理研)は8月30日、(家族性AD)で観察される綿花状の老人斑を再現する、(Aβ)の線維状の凝集体(アミロイド線維)を作成し、その凝集体に含まれる新規構造モチーフをクライオ電子顕微鏡と固体NMRの統合解析により解明したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター(BDR)先端NMR開発・応用研究チームの石井佳誉チームリーダー(東京工業大学生命理工学院教授)、東京工業大学生命理工学院のモハンマド・ジャファー・テヘラーニ特別研究員、松田勇研究員、理研生命機能科学研究センタータンパク質機能・構造研究チームの山形敦史上級研究員、白水美香子チームリーダー、理研環境資源科学研究センター質量分析・顕微鏡解析ユニットの豊岡公徳上級技師、佐藤繭子技師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

(AD)の脳内では、アミロイド線維が老人斑に蓄積し、これがADを引き起こすと考えられている。一般的に酵素などのタンパク質の機能はその分子構造によって決まるが、ADで観測される病態や病気の進展と、Aβ線維の構造がどのように関連するかは長らく不明だった。

Aβは、主として40アミノ酸から成るAβ40と42アミノ酸のAβ42の2種類が脳内に存在するが、老年期に発症する通常のADでは、直径10μm程度の直径の老人斑の核に、42残基のAβ42が線維を形成する形で蓄積することが知られている。近年の固体NMRやクライオ電子顕微鏡を使った研究により、Aβ42線維の構造は、βシートと呼ばれる平たい構造がS字型に折り畳まれ、多数のAβ42が平行に連なって長い線維を作ることが明らかになってきている。

他方で、AD患者の中には通常の老人斑とは大きく異なる病態を示すサブタイプに分類できるケースがある。Aβの22番目のアミノ酸であるグルタミン酸(E)がグリシン(G)に換わることで起きるE22G変異は、早期の発症を伴う家族性ADを引き起こすことが知られている。この家族性ADでは、cotton wool(綿花状)老人斑と呼ばれる直径100μmを超える巨大な綿花状の老人斑が形成されることが症例として見られる。綿花状老人斑は通常型ADとは異なり、中心にはAβ40の線維が蓄積し、その周囲にAβ42とAβ40の線維がリング状に形成される特徴的なコア-シェル構造を示す。また、綿花状老人斑は、PET検査でADの老人斑を検出するために広く利用されるピッツバーグ試薬に対して反応が低いという特徴も持つ。この綿花状老人斑は遺伝子変異を伴わない通常型のADでも見られるが、このような特異なADのサブタイプと考えられる病態が生じるメカニズムや、この病態とAβ線維の構造やその他の要素がどのように関係するかについては、長年大きな謎とされてきた。

近年になって、E22G変異を持つ家族性AD患者の脳から取り出したAβ線維の構造解析が行われたが、綿花状老人斑などのこの家族性ADの特異性を反映した特徴のあるAβ線維の構造は得られておらず、複数の構造を持つAβ線維が試料に混在しているため、E22G Aβ線維の構造と家族性AD特有の病態の関連に関して分子レベルの理解を深めることは難しい状況だった。

化学合成のE22G Aβ40用い、綿花状老人斑の特徴を再現するアミロイド線維作成に成功

今回、研究グループは、患者の脳からアミロイド線維を抽出するのではなく、化学合成したE22G Aβ40を用いて、合成生物学的なアプローチで綿花状老人斑の特徴を再現するアミロイド線維を作成した。綿花状老人斑の特異性がE22G Aβのアミロイド線維に由来するという仮説はこれまでなかった。また、化学合成したE22G Aβ40を用いて線維を作成する試みはこれまでも行われていたが、従来法ではでき上がった線維が短く不均一であるなど、構造解析には不向きだった。今回は作成条件を最適化し、均一な構造を持つ形で単離することに成功した。均一な構造の存在は、固体NMRで確認された。

通常のAβの線維は複数の線維が束を作りコンパクトな構造になるが、今回単離されたE22G Aβ40線維は分散性が高く、一本ごとに分離していることが電子顕微鏡写真でわかった。このため、同じ重量でも野生型のAβ40線維と比べて約12倍の大きさを持つ密度の低い凝集体を作ることがわかった。また、ピッツバーグ試薬と同じ分子骨格を持つ蛍光試薬(チオフラビンT)では検出しにくいことも示された。これらのE22G Aβ40線維の特徴は、綿花状の老人斑で観測されているアミロイド線維の多くの特徴とよく一致する。さらに、通常のADでは脳内に多く存在するAβ40よりも少数派の42残基のAβ()が老人斑の形成を促すと考えられているが、研究グループはE22G変異があるとAβ42よりもAβ40が早く凝集をすることを、老人斑が蓄積する細胞外環境の溶液状態に似せた試験管内の実験で示した。

E22G Aβ40構造から、綿花状老人斑で見られるコア-シェル構造生成される仕組み解明

研究グループは、今回単離されたE22G Aβ40に対して、クライオ電子顕微鏡と固体NMRによる統合構造解析を行った。解析の結果、E22G Aβ40はこれまで観測されたことのない、βシートがW字型に折り畳まれた新規構造モチーフを持つことがわかった。C末端の40番目のアミノ酸が他の残基と強く相互作用していないことから、Aβ42がE22G Aβ40線維の末端に吸着しても、C末端にある41と42残基が邪魔にならず相互作用可能で、Aβ42の共凝集を引き起こしやすいことがこの構造より示唆された。

実際にこのE22G Aβ40線維を、凝集していない野生型のAβ42(WT Aβ42)のモノマー(単分子)に混ぜて実験を行ったところ、WT Aβ42の線維化が促進され、E22G Aβ40とWT Aβ42の共凝集が起こることが確認できた。さらに、得られた構造を基に分子動力学計算を行ったところ、E22G Aβ40とWT Aβ42が混ざった線維(キメラ線維)もW字型構造で安定であることが示唆された。WT Aβ42で見られるS字型の構造ではAβ40の共凝集が起こりにくいことが以前から知られていたが、今回観察されたW字型構造はAβ40とAβ42の共凝集を促進すると考えられる。

以上の結果より、E22G変異を伴う家族性ADでは、凝集の早いE22G Aβ40が分散性の高いW字型構造を持つE22G Aβ40線維を生成することで、Aβ40の大きなコアができると説明できる。さらにこのAβ40の大きなコアの周りに、Aβ42モノマーが共凝集によりリクルートされてAβ42の線維が蓄積することが、綿花状の老人斑に特有のコア-シェル構造の生成メカニズムであると示唆された。

Aβ凝集メカニズムとAβ線維の構造理解、家族性ADの有効な治療へつながると期待

今回の合成生物学的なアプローチにより、ADのサブタイプに分類され得る家族性ADの特異な老人斑の性質が、脳由来の物質を必要とせず化学合成された物質だけで説明できることが示された。異なる病態を示すADのサブタイプは複数報告されているが、Aβ線維の構造的な差異と、異なる病態の明確な関連は従来の研究では示されていなかった。今回の研究は老人斑が異なる病態を示すADに対する発症メカニズムの理解と、それに対する適切な創薬のターゲットを選ぶ上で、関連するAβ線維の単離と構造の同定がキーになり得ることを示している。

今回の研究はまた、E22G変異を伴う家族性ADでは、通常のADとは違い、Aβ42ではなくAβ40がまず線維化してAβ40の大きなコアができ、その周囲でのAβ42の共凝集が促進されて、家族性ADに特徴的な老人斑形成につながることが示された。遺伝子変異により発症の第一幕であるAβ凝集の主役がAβ40に変更されることで、脇役となったAβ42を含む異なる種類のAβの間の相互作用でより複雑な病態が生まれることが示唆された。Aβ凝集のメカニズムとAβ線維の構造を理解することで、複雑で手掛かりが少なかった家族性ADの発症プロセスと創薬のターゲットも理解できるようになり、有効な治療へとつながることが期待できる。

この研究は現在科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業の大型プロジェクトで開発中である1.3ギガヘルツ(GHz)超高磁場NMRの利用を広げる研究の一例として行われた。今回の研究では、900メガヘルツ(MHz)の高磁場固体NMRを用いて、化学合成したAβ試料を解析した。NMRは磁場が高くなるほど高感度になるため、1.3GHz NMRなどの超高磁場が実現すれば、ヒトやマウス由来など極微量の試料でも固体NMRとクライオ電顕の統合構造解析が可能となることが期待できる。「これにより応用可能な試料の幅が大きく広がり、他の病気の理解にも適用できることが期待される」と、研究グループは述べている。

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